【随時更新】2023年に触れて印象的だった作品リスト

 

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以下雑感など

 

いとうせいこう「波の上の甲虫」

(1998/幻冬舎文庫
2023/01/26
自分が小説に恋をするとしたら、いつだってこういう作品なのだと思い知らされる。スマートで幻想的で、抜き身のナイフみたいな鋭さがある。情景から心理をグラデーション的に表されていく巧みさ。そして、そこに現れる奇妙なねじれ感に、がつんとやられる。後半のジェットスキーの場面、あの疾走感とやるせなさの渦巻く瞬間に、猛烈な憧れに胸が苦しくなった。こういう瞬間があるからこそ、もっと本を読みたくなる。

ミュージカル「チェーザレ 破壊の創造者」【舞台】

2023/02/05

ルネサンス期のローマを舞台に権謀術数が火花を散らす漫画、「チェーザレ」のミュージカル。華々しく陰鬱な美しさのある物語だった。群像劇は歴史の光と闇の写し絵で、いわば政治ドラマである。なので次から次へと要人が出てくるし、演じるベテラン役者陣の顔ぶれもすごい。その風格たるや、歴史上で数々の伝説を刻んだ当の人物もかくやと思わされる。中でもやはり、血みどろの権力闘争に身を投じる少年チェーザレが印象的だった。古来から人が舞台を愛する理由として、圧倒的なカリスマを見せてくれるところがあると思う。フィクションを生身の人間が演じるからこその鬼気迫る神格性。チェーザレでも久しぶりにその感覚を味わった。二幕でステンドグラスを背にした時の演者の佇まいが夢のように瞼の裏に残っている。

福永武彦「草の花」

(1956/新潮文庫
2023/02/08

この孤独は無益だった。しかしこの孤独は純潔だった。

魂の一冊に出会ってしまった。信じられん。こんな小説が存在していたなんて。未熟の傲慢と刹那の美しさ。この感覚、どこかで覚えがあると思ったら六道ヶ辻シリーズだ。だけど、さらにぐっと透徹したタイプの青春の墓標。
これを抱えたまま息絶えたい。

東浩紀「弱いつながり 検索ワードを探す旅」

(2014/幻冬舎
2023/2/11

読みやすく示唆に富んだ内容。言葉選びも的確で説得力がある。
コミニュティに属するたびに、いつも自分がアウトサイダーであるような意識はずっとあった。その閉塞感を打破していく唯一の方法は、いい意味での軽薄さ、『弱いつながり』を味方につけるということである。元々思うところがあったし、改めて手に取った本に明文化されることで腑に落ちた。
環境や言葉がその人を規定する。ネットの『強いつながり』は自己をエコーチェンバーに閉じ込めてしまう危険性をはらむ。しかし、その人の限界を広げられるのもまた、言葉と環境である。「私の言語の限界が私の世界の限界を意味する」というウィトゲンシュタインの言葉もそういうことだろう。

要は、記号を扱いつつも、記号にならないものがこの世界にあることへの畏れを忘れるな、ということです。

貴重な人生のリソースを何に割いていくか。ここで出会った言葉を契機に、しばらく考えてみたい。

花村萬月「ブルース」

(1998/角川文庫)
2023/02/12
生きていておよそ情熱というものを持たない私であるが、こういう作品を読んでしまうと、もう。全然時間が足りない、もっともっと『何か』を知らなければ──と、渇望を掻き立てられて苦しくなる。『何か』は人間についてなのか、生きることそれ自体なのか、分からないけど、とにかく焦燥に近いぐらいのもの狂おしい気持ちになる。恐ろしい人だ。花村萬月。なぜ、そこまで…と言いたくなる。孤独こそが文学のふるさとであるという安吾の言葉が本当に好きなんだが、ここに痛々しいくらいにそれが体現されているように思う。北方謙三の解説も含めて良すぎる。読めてよかった。

ヴィリエ•ド•リラダン未來のイヴ

(1996/創元ライブラリ)
2023/02/21
異様な小説だ。美術館で、実際の絵画を目の当たりにするとその無言の圧といおうか、あまりの魂のこもり具合に身震いしてしまうようなことがあるが、そんな感じだ。
ここまで筆魂が凄まじいと、作者の人となりに思いを馳せずにいられない。解説から判断するに、生前ほとんど評価されなかった不遇の天才ヴィリエ•ド•リラダン。そりゃ、これだけ豊かな教養と美意識の高さと頭の良さである、世間の俗っぽさに幻滅もするだろう。それでいてまた、生物としての人への尋常ならざる愛情深さも言葉の綾となって現れているからこそ、読む側としては揺さぶられる。作中のエジソンへの言及は自己分析的な面もあるのでは、と邪推してしまうな。研ぎ澄まされた諷刺精神と冷ややかな理知がかっこよくて憧れる。あたかも想像力に翼が生えているかのようなロマンチックさや、凝りすぎなくらいの過剰な演出、贅沢なまでの衒学趣味もくらくらするほど魅力的。なかなか出会えないお宝に巡り会えた感覚がすごい。文脈は違うけど、学生時代に出会って印象的だったバフチンの言葉──言語の中にはいかなる中性の、<誰のものでもない>言葉も形式も残されない──を想起してはっとする場面もあり。すばらしい訳文も讃えたい。齋藤磯雄さん、覚えた。フランス文学もっと読んでみよう。

赤江瀑「鬼恋童」

(1985/講談社文庫)
2023/3/10

赤江瀑の作品には、一貫してあるトーンがある。描き出される光景がどれだけ陰惨で、どれだけ我執と狂気をはらんでいようと、根底には清涼な風が吹いている。「遠臣達の翼」で出会ってからずっと、私が憧れてやまないのが、その端然とした佇まいである。ため息が出るほどかっこいい。そして美しい。
本作では「阿修羅花伝」が猛烈によかった。能面制作に取り憑かれた青年が、どれだけその道を極めても作品の中に「自分」の影が出てしまい、その戒めとして己の顔を切り刻むという凄まじい話。自照性のあるなしは作者のみぞ知る。個人的にはそこも含め、多層的なイメージの広がりを感じられて特に気に入っている。
クラシックな赤江瀑節全開の表題作「鬼恋童」も良かった。ここでもやはり題材選びの妙が効いている。ドグラ•マグラの解説にあった、作家自身が百科事典を熟読することを好んでいたというエピソードが印象に残っているが、赤江瀑もそんな感じだったのではないだろうか。これもう、一人の人間から出てくる情報量じゃないんだよなあ、ほんと。

「RRR」

(2022/DVVエンターテインメント)【映画】
2023/3/12

どうやら、インド人の辞書にやりすぎという言葉はないらしい、と気づかされた3時間だった。オレの考えた最強に胸熱の展開、をひたすら盛り込み続けりゃいいってもんじゃないのよ。少年漫画でもさすがに担当編集に却下されるんじゃないのかって思うよ。やりすぎですって。でも、実際それで成り立ってしまうのだから、ま〜〜よく作られてる作品。主要人物のキャラ立てから関係性、物語の緩急のつけかた、そして随所の伏線回収まで隙がない。3時間絶え間なく見せ場を積み上げていきつつ、クライマックスに向けて観客のボルテージを最大限まで高めさせる。どこか日本のサブカルチャーを踏襲しているような雰囲気もありつつ、ド派手なインド要素をも上乗せされたハイブリッドだ。アニメ漫画ゲーム大好きな日本人にウケないはずがない。冷静に考えると「こうはならんやろ」って部分もちょいちょいあるのだが、「うっせーばーか面白いからいいんだよ!」というガキンチョ精神(言い方ひどいな)がいい意味で効いてるというか、そういうパッションを持った大人たちが集結し、作品作りに本気で取り組むとどうなるかの理想モデルといえる。主役はいかつい男たちだが、かわいらしいほどの素直さと爽快感が突き抜けたエンタメ。脳筋は世界を救えないかもしれないが、今の世相でこの作品が世に求められているという事実に、少し元気づけられる。

皆川博子 「冬の雅歌」

(2013/出版芸術社
2023/3/15
皆川博子の「世間の外側にいるような人物」の描写のすさまじさに安らぎを覚える。 叩きつけるような容赦のなさだが、純文学ではない。もっとどこかゆったりしていて、優雅さがある。この貴族的な感じが好きだ。 精神病院を舞台にした「冬の雅歌」、狂気の愛と倒錯に搦め捕られていく人物のリアルさに引き込まれる。皆川博子の醸し出すムードは重く、甘く、毒々しく、倫理を揺さぶって精神の奥底を抉り出す。コレクション全編を通して、人の心に魔が忍び寄る瞬間の、めまいのする落下感覚が味わえる。

劇場版PSYCHO-PASS」/「PSYCHO-PASS Sinners of the System Case.3 恩讐の彼方に

(2015, 2019/Production I.G)【映画】
2023/3/18

PSYCHO-PASSの面白さが凝縮された二つの名作。公開からだいぶ日が経った中、初見で劇場の環境で観られたのは幸運だった。なにしろ「シンフォニックな音楽が流れる中で銃撃音がガンガン重なっていく」、その音の体への響き方が、想像の斜め上をいく良さなもんで、脳内麻薬がハンパなく出まくる。当然シナリオも抜群にいい。
狡噛ってなんであんなに魅力あるんだろう。私は花村萬月のブルースを愛する人間であるので、インテリでありながら社会のレールから足を踏み外し、身を持ち崩してさえも人々の求心的存在たる狡噛がやっぱり好きだし、とてつもない魅力を感じる。もう、夢だよ、フィジカル化け物で狙撃がうまくて紙の本でプルーストを読んでて、煙草と硝煙の匂いのする男なんて。
その上で、劇場版での公安局刑事課の存在感も抜群に光っていた。作中でも言及のある、警察内部の腐敗に立ち向かう常守たちの泥臭さと凄みには、つい魅せられちゃったな。やっぱ、PSYCHO-PASSという作品の醍醐味は、狡噛と捜査一課メンバーたちとの緊張感にあると思う。真っ向からの対立とも微妙に違う、グレーな関係性。相容れないとわかっていながら男も女も己の矜恃を貫き通す、互いにゲリラの服とスーツ姿で。たまらんわこんなの。SS Case.3でのフレデリカと狡噛の淡々とした応酬の緊迫感もよかった。フレデリカで思い出したけど、射撃のシーンでYGCのソニアを感じてしまった。アクションがいちいちかっこいいのズルい。列車の上で戦っているときの異常な量の薬莢がバラバラ落ちるところにも凄いフェチを感じたし痺れた。最高。脚本家の対談の中で、この作品世界においては頭がいいやつほど強いというメタ的なルール(出典)の話があり、それでいうとやっぱり劇場版一作目の傭兵のボスって完璧なキャラ造形だったと思う。酒と銃と紙の本を愛し、知性と色気と暴力に満ちた生を送る男。深見さんのミリタリー愛がひしひしと感じられて嬉しくなってしまう。今回PSYCHO-PASS見ていてガンアクションが本当に好きだなあとしみじみ思った。それも『銃を愛す人が作る』作品が。素人でもその差はなんとなく分かる。深見真が関わり続ける限り、私はずっとこのシリーズを追うだろう。

「AI:ソムニウム ファイル」

(2019/スパイク•チュンソフト)【ゲーム】
2023/3/23
ダンロン、かまいたちの夜に続いてのチュンソフト作品。Switch版をプレイ。良作だった。3Dグラフィックが作り込まれていて没入感があったし、何より話の筋が面白い。さわりをざっと書くと以下のようになる。
舞台は近未来の東京。 雨の降る夜、廃墟となった遊園地のメリーゴーランドで死体が発見される。プレーヤーは警察の特殊捜査官である主人公として事件を追っていく。この〝特殊捜査〟がこの作品独特で、現実世界で事件を追う『探索パート』と、被疑者の脳内に入って心の深層を探る『ソムニウムパート(ソムニウムとはラテン語で夢、幻想を意味する)』に分かれている。つまり、主人公たちは現実と夢の世界を行き来しながら真犯人を探すことになる。
全て終えた後改めてあらすじを見返すと、事前に面白そうだと感じた更に数段上をいく内容だったなあと思う。とてもよく練られたミステリー。何より、先読みしがちなこちら側の思考をさらに先読みし、よりエンターテイメントしてくる塩梅のうまさが凄い。一見ルートが分岐しているようだが、全て真エンドに向けた伏線となっており、終盤にかけて次々回収されるのに伴う目まぐるしい展開が息つく暇も与えない。めちゃめちゃスマートなところとバカなところとの落差がすごかったり、登場人物が曲者揃いだったり、アクの強い作品だが(だからこそ)、とても楽しめた。チュンソフトって自分と相性がいいんだなと改めて感じる。舞台設定は近未来なのだが、どこか懐かしさを感じる要素があるのも好き。応太ルートとか、イリスのダンスだったりとか。特に後者は、踊ってみたの全盛期を通ってた人間からするとノスタルジーを大いに刺激された。作品内にあの空気感やカルチャーがずっと残るということそれ自体が、何ともエモに満ちている。

丸谷才一「たった一人の反乱」

(1997/講談社文芸文庫
2023/3/25
とめどない論理の展開と蘊蓄がずっと面白くてすごい。 丸きり俗物な主人公と、周りが揃いも揃って上っ調子な可笑しさが小粋な筋運びで描かれ、あまり毒っぽさを感じずに楽しく読んだ。作者の饒舌体の中にある、醒めた核のようなものが好感を抱かせるのかもしれない。市民社会と芸術の対立構造の話がむちゃくちゃ面白くてサイコーだった。余談だが、映画「カメラを止めるな!(2017)」や「ラヂオの時間(1993)」を面白く感じた時の感覚とも繋がった気がする。こういう文芸はとても貴重。物語を読み終えた後、手の中の本のずっしりした感覚が、とても贅沢な重みに感じた。

姫野カオルコ「整形美女」

(2002/新潮文庫
2023/3/26
これは…!視点によって異なる認識を追体験できるのがゾワッとした。いい。凄く面白い。誰しも持ち合わせている心理を俎上にのせ、明瞭な言葉で刻んでいく小気味良さ。 『他人は他人の内部など想像しない。』人間の〝想像力の欠如〟に牙を剥く表現には、ああこれ今まさに小説の醍醐味を味わっているなと感じた。どこか寓話的なエッセンスがあるような、このブラックさがとても好みだ。開眼させられた。

山本周五郎「さぶ」

(1965/新潮文庫
2023/3/30
文章がいい。主人公•栄二のかっこよさと日本語のかっこよさに惹きつけられた。 江戸っ子の粋さと哀しい明るさが息づく浪花節調がDNAに訴えるのか、途中何度か泣きそうになった。最後まで飽きさせない構成が圧巻。巧みな筋運びをサラッとやってるのがまたかっこよかった。

大逆転裁判1&2 -成歩堂龍ノ介の冒險と覺悟-」

(2021/カプコン)【ゲーム】
2023/4/8
世の中にはすごい人がいる。初めましてから数分の間でもう好きになっちゃうような、愛嬌がある人。このゲームにもそんなおもむきがある。
プレーヤーは主人公=弁護士として依頼人を最後まで信じ、悪意だらけの法廷に立つ。徹頭徹尾、正統派の法廷バトルADVである。
コミカルな台詞回しが演劇っぽく、クセのある登場人物たちに妙に愛着が湧いてしまう。彼らの人間関係にまつわるお楽しみも、後半に遅効性爆弾のように隠されており、シナリオ展開もだいぶアツい。
名は体を表すで、勧善懲悪の物語にふさわしく清々しい締めくくり。まるで舞台のカーテンコールのような余韻が胸に残る。

「LILIUM -リリウム 新約少女純潔歌劇-」

2023/4/21【舞台】
サナトリウムを舞台に繰り広げられる、美しくも陰惨な吸血種の少女たちの歌劇。
2014年初演作品の再演版だが、作りの点でさほど大きな変更はない。そこが私には当時既にパッケージとして完成していた証左に思える。だからこそ、映像で観て印象的だった隊列ダンスも歌割りも、リアルタイムに生で浴びられる喜びは大きかった。ただそれに輪をかけて度肝を抜かれたのは、役柄と役者のシナジー効果の凄さ、それから歌声の気迫だった。もはや全員が全員スターになれる子達だ。どうなってんの、ちょっと。戦闘力高すぎる。観ている途中に薄々と(これは後々語られるだろうとんでもないものを目の当たりにしている)という確信が頭から離れなかった。贅沢で儚い幻を見せてくれるこの『コンテンツ力』がもう、とてつもなく強い。

牧野修「月世界小説」

 (2015/ハヤカワ文庫JA)
 2023/4/23
日本語を扱う日本人としてこの小説を読むこと、それ自体が作品の多重世界の一部、というメタ構造を孕む言語SF。物語は美しくもグロテスクな黙示録から幕を開け、妄想世界から妄想世界へ、さらに混沌へと流転する。極めつけは神とのバトル。牧野修の独擅場とも言うべきバリ高な言語感覚が炸裂してる。狂気より覚醒した狂気に彩られる言語遊戯に、読むと毒が脳に回る。刺さった棘のように余韻が抜けない本がいくつかあるが、これもその一つ。

「男たちの晩夏」

(1986-1989)【映画】
2023/4/28
警官志望の青年と、裏社会の男たちの友情、そして確執を描いた1作目から始まるシリーズ3作。めちゃめちゃ琴線に触れて一気見した。もう爆発的に面白かった。こういうギラついてる作品が大好物だ!香港ノワールの火付け役としての記念碑的存在というのも納得。野蛮さも痺れるような格好良さも、詩的な美しさも茶目っ気も、そしてエモささえも、全てが内包された作品だった。極めつけは俳優の魅力の凄まじさ。チョウ・ユンファ演じる人物が愛すべき存在であればあるほどに、最後の最後で暴力にしか生を見出せないところが愛惜を誘う。ラストも潔く美しい。


孤狼の血

(2018/東映東京撮影所)【映画】
2023/4/30
刑事ドラマが主体のアウトローもので、以前から気になっていた映画。
バイオレンスの過剰さが売りの作品もあるが、これは違った。残酷シーンと軽妙なノリの緩急の付け方が自然で見やすい。その上で、終盤の映像と音の高まりは美しいしかっこよくて惚れた。凄かった、叩き落とした後あそこに持っていくの。スカッとしたし泣きそうにもなったし、観る前に思った以上に味わい深い作品。
にしても本作といいVBBといい、イっちゃってる暴力男役の中村倫也はなぜこんなにいいのか。色気のある演技に目が釘付けになる。

吉村 昭「星への旅」

 (1974/新潮文庫)
2023/6/13
死を主題とした6編。どれも透明な詩情とハッとするほどの鋭さが凝縮された傑作。初読時の「鉄橋」で慄然とした感触は忘れられない。その幕引きの余韻も冷めやらぬ中での「少女架刑」、すごすぎるぞこれは、とすっかり吉村昭に心奪われた。表題作は乾いた文体で描写されるからこその説得力。読後に突き放される虚脱感が心地よい。

アゴタ・クリストフ悪童日記」 

(2001/ハヤカワepi文庫)
2023/6/20
単純な『面白さ』だけでブン殴られるパワー。凄い。洒落てる。主観を排して非倫理を描くことで透徹した倫理性を浮き彫りにしていく手法、スマートでとても好みだ。ラストの引きの強さには数秒思考が停まった。邦題の「悪童日記」、これ以上ないと思える完璧さ。解説より、邦訳初版を上梓した訳者の興奮が伝わる。激烈な三部作の幕開け。


鈴木 創士「ザ・中島らも: らもとの三十五光年」

(2014/河出文庫)
2023/8/12
中島らもの親友による回想録。らもとの狂騒的交友の数々が鮮やかに描かれる。こんな優雅なナイフみたいな文章あるんだ。刃は感傷よりはるかに深く、魂に食い込んだ根源的な傷を曝け出す。むろん読む側も無傷では済まされない。まさに劇物的な書。

山田 風太郎「妖説太閤記

(2003/講談社文庫)
2023/8/19
山田風太郎による、ずばぬけた知力と冷徹さの裏に、欲望と狂気を秘めた醜怪な人物像で描き上げられた太閤記。秀次一族粛清の場面はやはり強烈の一言に尽きる。天下人となった秀吉の醜悪さ外道さが凄まじく、しかしまた天晴れな読後感だった。風太郎の歴史を見通す愛ある眼差しが胸を打つ。

飴村 行「粘膜人間」

(2008/角川ホラー文庫)
2023/10/13
読む前から絶対面白いと分かってた話。最高だった。エグみのある悪夢をエンタメとして昇華した傑作。1頁目から異様な気配が漂っており、好きな人はもうそこでピンとくるはず。章ごとに主役が入れ替わる三部構成が実によく練られている。一章の猟奇殺人ホラー、ニ章の少女拷問幻想、三章の甦る死人と妖怪の対決(の前の諧謔まじりのストーリー)、どれもが比肩しうる出来。すっごいセンスだ。

シャーリィ・ジャクスン「ずっとお城で暮らしてる」

(2007/創元推理文庫)
2023/10/27

寺山 修司「花嫁化鳥」

 (2008/中公文庫)
2023/10/29

シャーリイ・ジャクスン「くじ」

(2016/ハヤカワ・ミステリ文庫)
2023/11/05

山白 朝子「エムブリヲ奇譚」

(2016/角川文庫)
2023/11/09

フランソワーズ・サガン「悲しみよ こんにちは」

(2008/新潮文庫)
2023/11/15

2022年に触れて印象的だった作品リスト

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以下雑感など

 

椎名誠「アド・バード」

(90/集英社
2022/01/09
誰もいなくなり荒廃した都市で、グラフィック広告だけが煌びやかに繰り返され続ける──出てくる時間としてはわずかだが、最早このイメージ一本だけでも成り立つだろうっていうくらい、ゾクっとくるほど好きな世界観。戦闘樹の熾烈きわまるバトル描写なんて最高。こういうのが見たくてSFを読んでるところある。そういうフェティッシュさが、この作品には随所に散りばめられている。全体的に品がありつつ、広告に対するリベンジ的精神の表出のしかたなんかは痛烈な皮肉を感じた。ファンタジックな余韻の残るラストが綺麗。自分的大ヒット。

村上龍「共生虫」

(00/講談社
2022/01/10
村上龍はすごい。想像力の爆発という感じ。
敬して遠ざけるところがある私みたいな人間は後ずさりしたくなるほどの純文学。ずっしり残る読後感は、前半と後半がある意味別の作品のような、分裂症じみた構成ゆえか。文章の圧にエグ味がある、これぞって感じだ。

ドストエフスキー罪と罰

(87/新潮文庫)
2022/01/15
尋常じゃなく肥大したパラノイア的精神。その深淵を覗いた印象が強烈に残る。世界観の構築力がとんでもなくて、そんなところから作者の偉大さの一端をひしひしと感じた。知性と感情の相剋を、片時も切れない緊張感の中でひたすら追い続ける感覚。

いとうせいこうノーライフキング

(91/新潮文庫)
2022/01/17
この人の迫力・凄味ってなんなんだ一体。簡潔に言い表せる人誰か教えてほしい。個人的には平井和正に近しいものを感じる。兎にも角にも、私はこのテのド迫力に弱いので参った。イタコみたいな書き方と後書にあった通り、憑りつかれているとしかいいようのない熱気に満ちた文体である。それが少年少女のコミカルかつ妄執じみた箱庭的世界とコワいくらいに合う。この中毒性、かなり好き。

筒井康隆「霊長類南へ」

(74/講談社文庫)
2022/01/25
ページを開いたら最後、怒涛のようなブラック・ジョークの雪崩が襲い掛かる。
あのヘリコプターに乗り込む前の阿鼻叫喚なんて、凄惨な状況にも関わらずほのぼのしちゃうくらいユーモラス。人間のことバカにしすぎだろって感じだけど、実際パニック状態の人間のバカさって想像を絶するからな。これで控えめなくらいかも。終盤、人々が融解していく、境目も解けてひとつのものにぐちゃぐちゃになっていく過程にぞっとすると同時に、「これが作者が書きたかったものか」と腑に落ちた。大友作品のパニックものと通じるものがある。
解説の小松左京による≪筒井康隆論≫も必見。筒井作品を面白いと感じる脳みそでよかったなと毎度思う。根っこの抑圧された部分が救われる感覚がある。

クリストファー・プリースト/安田 均訳「逆転世界」

(96/創元SF文庫)
2022/01/29
「えー!オモロ!!」といい意味で期待を裏切られた本作。
アンチミステリならぬアンチSF的雰囲気すら感じる。こうくるとは思わなかったな。センスオブワンダー部門今年イチかもしれない。認識を足場から揺さぶられる感覚、たまらない瞬間を味わえる。

山田詠美「風味絶佳」

(08/文春文庫)
2022/02/07
やっぱり山田詠美の文章が好き。音楽みたいなリズムがある。すぅーっと心の柔らかいところに入ってきて、ときめく。「放課後の音符」でも思ったけど、人と人とが触れ合うことによる化学反応、特に苦みをこれほど洗練された書き方をする人って、私は他に知らない。
後書の結び、ちょっと良すぎたな。じーんときたあとに遅れて鳥肌が立つ感じ。この読後感で自分にとって特別な作品になった。

津原泰水「ピカルディの薔薇」

(12/ちくま文庫
2022/02/08
好みど真ん中の作者の、好みど真ん中のシリーズだ。巧妙なストーリーテリングによって供される、甘露のごとき味わいの奇譚集。なかでも「枯れ蟷螂」の着地の仕方が凄い。なんて話を書くのだろうか、天才って恐ろしい。アイディアに惚れた点では「新東京異聞」も推したい。猿渡と伯爵の因縁にニヤリとなる。猿渡ファンアイテムとして必須の一冊。
この知的でシニカルな作風を好ましいと思う感覚は、少し前に読んだモームの「雨・赤毛」とも符号する。なんというか私は、酩酊しながら醒めていて、やっぱり酩酊していて…という作風が性癖らしいのである。これは津原泰水に出会ってからだよなあ、間違いなく。

山田風太郎八犬伝

(86/朝日文庫)
2022/02/10
おなじみの粋な文章と巧みな人物描写にうきうきしながら読み進め、終盤『虚実冥合』からのラストにぶっ飛んだ。何なんだこの作家。読むたびにこれが最高傑作じゃん、となるの。こんなの、山田風太郎、レジェンドじゃん。本書の描写で馬琴がめちゃ好きになった。笑えて泣ける。すごい良かった。

アルフレッド・ベスター/中田 耕治訳「虎よ、虎よ!」

(78/ハヤカワ文庫)
2022/02/15
面白すぎ。燃えるし萌える。理屈とかどうでもいいよな、究極。面白いか面白くないかだよ小説って。ケンプシイへの拷問、うひ~~~っえ、SFー---!!!ってなっちゃった。これだよこれ。小松左京の『兇暴な口』を思い出す凄味。全てをなぎ倒していく圧倒的な激情に翻弄される爽快さを味わえる。これであとオリヴィアが男だったら最高に好みのやおい(やめな)。目の眩むような憤怒に感化されてアタマ痛くなりつつ、夢中で読破。今読めてよかった最高のロマン本。

花村萬月「皆月」

(00/講談社文庫)
2022/02/17
そうそう私、こういうのが読みたかった!って差し出されて初めて気づく感じ。ヒリつく痛みと切なる情味。もののあわれ。作者の人間としての厚みは底が知れない。私の中では山田詠美に近いカテゴリかも。たまたま目に入った「ブルース」の北方謙三の帯文が良すぎてそっちも気になってきた。こういう話を紡がずにいられないほどの情動を持つ作家に出会うたびに、その僥倖を噛み締める。ここまで書けば分かる通り、すっかり惚れこんでる。いいよなあ。花村萬月との出会いは、人間として生まれてしみじみ良かったと思う出来事の一つ。

斎藤美奈子文章読本さん江」

(02/筑摩書房
2022/02/21
文章について巨視的な視点を与えてくれる。面白いなあ。お馴染みの毒舌は心地よく、綿密な調査に裏付けされた着眼点と着地点がさすがで唸る。最後に『レトリック感覚』がでてきたあたり、ですよね~って納得感がある。

中島らもガダラの豚

(96/集英社文庫)
2022/02/24
カルトと呪術とパニックホラーとギャグを煮詰めてここまでまとめあげる鬼才の手腕。死ぬほど笑った。この不条理演劇の滑稽さの権化みたいな雰囲気、愛してる。作品世界の構築力がバケモノ。尋常じゃない文体リズム感の良さが炸裂してる。これはガチで天性のものなのか、彼の生活を覆っていた酩酊が生んだものなのか、両方かな。ともかく凄まじい。ストーリーに関してはここまで振り切れるのって素直にいいなって思うし、ちょっと正気を疑う面白さだった。中島らもってこうだよな…。

津原泰水「猫ノ眼時計」

(12/筑摩書房)
2022/03/05
〝もう別格じゃん バカ面白かった。あーくやしい。面白すぎる〟
読んだ直後に書いたメモがこれだけだった。しょうもねえ。でも実際面白いから読んだ方がいい。
現実と幻想の境目を容易に反復横跳びしつつ含み笑いして突き放す、そんなシリーズであり、「最高、やっぱこれなんだよ」と倒錯した楽しみを見出せるかどうかは読み手次第。

神林長平戦闘妖精・雪風(改)」

(02/ハヤカワ文庫JA)
2022/04/13
作者の思う≪カッコいい≫がこれでもかと詰めこまれていて、それがまた一つ一つこちら側にちゃんと響く快感がある。無機的な戦闘描写と地上での人間くさいパートの構成の妙が光る。程よいハードボイルド風味がニクい!面白かった。久々に血沸き肉躍った良作。

津原泰水「少年トレチア」

(20/ハヤカワ文庫JA
2022/04/17
何かがすっきり解決するというものではなく、ひたすら幻想美と残酷さとイメージの奔流に揺さぶられ続ける作品。私含めこういうのが好きなヒトにはたまらんものがある。万華鏡のごとき、血で描写しているかのような神経症の世界。
あと分かってはいても、改めてレトリックの鮮やかさにぶっ飛んだ。序盤、トレチアに襲撃される青年の場面だけでとんでもない巧妙さ。別場面で挿入される悪文すらもクオリティ高いのがすごすぎて笑える。でも、やはり同作者の描く悪魔的な美少年は極上であるという感想で〆る。

THE ALFEE「デビュー40周年 スペシャルコンサート at 日本武道館

(15/ユニバーサルミュージック合同会社)【CD】
2022/05
最近聴き始めたばかりのTHE ALFEE。なによりも歌声の力強い美しさに心惹かれた。桜井さん、ボーカルに必要なもの全て備えていて、私がボーカリストなら羨ましすぎて地団太踏む。名曲を名曲たらしめる声とはこういうものだろう。艶があって清潔感があふれていて、すっごい伸びる。これから色んな曲聴くのが楽しみ。その幅広い楽曲の核をなすフォークやプログレ要素、加えてカバー楽曲陣が身近に感じられるのも好きなところで、ひょんなことからハマったとはいえ、現状の馴染み具合からいって、遅かれ早かれ好きになっていたと思う。カバー曲の『The Boxer』に象徴される、メンバー全員の余裕を感じる円熟したパフォーマンスが超絶心地いい。

牧野修「傀儡后」

(05/ハヤカワ文庫JA
2022/05/30
ナンセンスの極致を、ド迫力で芸術として成立させてしまうところにこの人の神髄がある。なんかもう理屈じゃなく、単純に牧野修の書くものが好きだ。
作中での言及からルイス・キャロルとの親和性も感じさせる情報量の多さ、そしてモチーフ選びが天才的。スタイリッシュで無機質な感じがしたかと思えば、それらを凌駕するほどのロマンチシズムが顔を出す。もっと評価されてほしい気もするし、大事に自分の中にしまっておきたい気もする。私の中で間違いないと思える作家だ。

田中芳樹蘭陵王

(12/文春文庫)
2022/05/31
華麗な筆致とはこのことで、読んでいてずーっと楽しい。血なまぐさい戦国絵巻をここまでスマートに読ませるのはさすが。
それにしても、これほどの人でも「読むほうが好き」という(後書きより)、小説界の青天井ぶりに震撼せざるを得ない。

信濃川日出雄山と食欲と私

(16~/新潮社〈バンチコミックス〉)【漫画】
2022/07/02
しみしみのかき揚げライスバーガー、大葉みその焦がし焼きおにぎり、炙りサーモン丼、ぽんかす丼、皮パリチキン添えのジャンバラヤ、枚挙にいとまがないほどの魅力的な山ごはんの数々。袋ラーメンにウィンナーぶち込むだけのジャンク飯なんかも食欲を直撃してくる。心身ともにクッタクタになって山頂で淹れて飲むコーヒーなんて、想像だけでうまい。作品自体の空気感と人間模様もまた魅力的。是非ともゆるく続いてほしい作品。

人狼ゲーム」

(13~/AMGエンタテインメント)【映画】
2022/08/02
すーっごい掘り出し物だった。このシリーズ、欠点も押しなべて長所にしてしまう魅力がある。シリーズ序盤は特に役者のハングリー精神を強烈に感じられて、うっかり全員に惚れる。画的に異様な良さを感じる場面がいくつかあるが、特に「インフェルノ」はその名を冠するにふさわしいラスト。めちゃくちゃに良い。全作見た中で一押しは「ビーストモード」。素晴らしい演技。新作が楽しみな作品ができるって嬉しいものだな。

レイ・ブラッドベリ/小笠原 豊樹訳「とうに夜半を過ぎて」

(11/河出文庫)
2022/08/12
「なんとか日曜を過ごす」が同作者のマイベストに躍り出た。無常観的な哀愁の中に、魂が震えるテーマが内包されている。世界から受け取るもの、世界へ返したい気持ち。精神と生命の循環。ラルクの永遠で心臓掴まれた時と同じ。この話はこの先何度も読み返すと思う。

筒井康隆「笑犬棲よりの眺望」

(96/新潮文庫
2022/08/17
しみじみ良かった。文字から浮き上がる研ぎ澄まされた毒、そして未来を見通す視線の確かさ。こういうのが後世に残る。というか残ってほしい。今、私たちがショウペンハウエルを読むように。作者の断筆に至るまでの経緯を心情もつぶさに追える書物として、この上なく価値のある一冊。これだけ露悪表現を振りまいてさえも、核たる主張の真摯さと切実さは価値を失わない。
しかしまあ、刊行時から全然進歩の見えない現実に暗ーい気分にもなる。いやだなあ。人間の限界を感じてしまう。

深見真ヤングガン・カルナバル

(05~09/徳間書店
2022/09/05
傑作だった。なんたって一番好きかもしれない、こういうのが。凄腕の殺し屋の正体は高校生、というブッ飛び具合。とてもキャッチーだし漫画的だ。しかし、ペダンチックな銃器知識の開陳や、乾いた筆致でこれでもかと繰り出されるバイオレンス描写こそがこの小説の醍醐味であり、それが11巻分余すことなく味わえる。贅沢すぎる。そして物語の肝となるのは、ヤングガン=若き殺し屋たちの群像劇。男女間のみならず、男男、女女の超濃密な因縁をも当然のごとく人間模様に入れ込まれている上、どこを向いても躍動感に満ちている。サイコーにブチかましてくれるよ深見真。カルナバルの開幕後、一人一人の背景について淡々と回想に入っていくところ、甲賀忍法帖ばりに興奮した。じんわり残る疾走感、無常さといい、かなり好きな読後感。最っ高。

PSYCHO-PASS

(2012〜/Production I.G)【アニメ】
2022/10
ガンアクションもので深見真が関わっているなら間違いないと思って観始めた。すぐに夢中になった。すっげーー面白かった。
人々の精神が数値化され、管理される近未来社会のディストピアSF作品。だが、この作品においては、それらを生み出した管理システム自体よりも、生身の人間──刑事と犯罪者──間の精神的な闘いが肝となっている。ここが面白いなと思ったポイント。群像劇に必須の人物造形の丁寧さ、知的な素養の深さにとても深見真を感じて良かった。
それにしても、映画ブレードランナーを彷彿とさせる霧雨とネオンの街、そして特殊銃「ドミネーター」をはじめとしたサイバー要素がたまんなくロマンをそそる。それら舞台装置を映し出す彩度の低い映像と、ハードでシリアスな展開こそが、PSYCHO-PASSを構成する大きな魅力の一つでもある。

 

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2020年に触れて印象的だった作品リスト

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以下雑感など

 

坂口安吾堕落論

(00/新潮文庫)
2020/02/15
不良少年とキリストに安吾の好きなところが詰まっている。


学問は限度の発見だ。私は、そのために戦う。

この結びが本当に格好いい。
シニカルな作風の安吾がこれでもかと胸襟を開いて生死について語る、語る。シビアかつ愛がある言葉の洪水なのだ、またこれが。響く人には劇薬レベルに響くし、私なんかは苦しい時に読むと泣いてしまう。何だかうまく表現できない感覚があって、≪語られない言葉≫すらも聞こえてくるくらい、含むものが溢れてるのは気のせいじゃないだろう。
生き抜くことの不純、それこそが純粋さだと信じる。そんな無頼派作家の眼差しをリアル感を伴って感じられる。人間はかくありたいものと思う。

「改竄・熱海殺人事件」~ザ・ロンゲストスプリング~

(20.03.17/紀伊國屋ホール)【舞台】
2020/03/17
あーー良かった!観に行って本当に良かった。
荒井敦史さん演じる木村伝兵衛に魅せられた。とめどなく浴びせられる演劇のパワーに衝撃を受ける。
よくこんなクセのある人間たちをぶつけたもんだ。全編を貫く禅門答は圧倒的な含蓄に富んでいるようであり、実際は虚無かもしれないとすら思わせる人を食った感触もあり。アングラ芝居の真骨頂という感じで、最終的に煙に巻かれる快感がクセになる。この演目は定期的に観たい。

sukekiyo「IMMORTALIS」

(14/FIREWALL DIV.)【CD】
2020/04
mamaは凄い曲。この1曲でバンドの世界観が確立しうるキャッチ―さと完成度で聴く人を引きずり込んでいく。作品全体でいえば、広義的な意味でのオルタナティブな妖しさが最大の魅力だろう。その輪郭は、帰納的なコンセプトやモチーフ選びから見てとれるのだが、これこそ京さんが≪このバンドでしかできない≫≪このバンドでやりたかったこと≫なのかもしれない。万人ウケはしなくとも、局地的に猛烈に支持されるタイプ。官能的でダウナーな世界観にはたっぷりの毒が込められているが、そこに無垢さすら感じるのはDIRとも共通するところだなあ。曲の話に戻るが、京さんのミディアムバラードの音の構築の仕方がつくづく好き。終盤にくる鵠の美しさなんてもう、頭おかしくなりそう。良すぎて。けだるく雨の降る日に室内で流したい、幻想的なトーンに統一された一枚。

河野裕サクラダリセット

(09-12/角川スニーカー文庫)
2020/06/05
驚くほど純度の高い、超能力ものの学園ファンタジー
この人の文章はむだがなく、感性豊かで嫌味がなくて好きだ。だからこそ、主人公の不可侵の潔癖さ、脆いガラスみたいな危うさと、ときに過激なほどに理想を追い求める姿が尋常じゃなく胸に迫る。主人公たちが見据えている世界がとても公正で平和で青くて、ストレートに好きというのがちょっと照れる感じだけど、でもやっぱり好きだなあ。物語として、ものすごー-く愛しい。それが特に『ビー玉世界とキャンディーレジスト』(4巻)に集約されている。傷が疼くみたいな痛みもありながら、ほんと、こんな物語を読むために生きてるのかも、と思う。苦く優しく静謐なところなんか、ちょっと梨木香歩の『裏庭』と近しい雰囲気を感じた。作品自体の重厚感もそうだし、祈りの物語である点でもそう。悲しみに付随する言葉の美しさが胸に残る。

CROSS†CHANNEL

(03/FlyingShine)【ゲーム】
2020/06/19
FlyingShine制作の18禁PCゲーム。psp版をプレイした。クリアした後もしばらく頭の中が支配されるくらい、この作品には溺れた。「適応係数」が異常な登場人物たちの葛藤と、窒息しそうになりながら生きてる自分とが重なったのも、没入感に拍車をかけた一因だと思う。主人公達数人以外は誰もいない世界で、滅んではまた繰り返される一週間。その中で、別々の相手と過ごしながら進展していく話、といってしまえば味もそっけもないが、これがビックリ箱並みに次々に予想外のものが飛び出してくる。一週間のループの中でそれぞれが「自分は何者であるか」を痛々しいほど突き詰め、他者を介した対立や寄り添いを経て、アイデンティティの確立を果たし、各々の青春期を脱していく。
途中でダレることなく一気にストーリーを進めた中で、何よりも衝撃的だった美希ルート。個人的にこれはもう創作におけるアンモラルの理想形と言ってもいいくらい。
作中でも屈指の愛嬌のある少女の、強烈なナルシシズムとしたたかさが白日の下に晒されたあの瞬間。鳥肌ブワーーって立ったし、あの感覚は生涯忘れられない。
かように彼女が何層も重なった複雑な精神構造を所有するに至ったのか、そして自己の存在をかけた闘争に身を投じていく過程とその顛末は、実際にゲームで見て感じる他ない。儚いながらも美しいカタストロフィは見事。
ラスト、私は表題曲後の展開はなしで余韻に浸るほうが好みだが、人によるか。籠の中のモラトリアムを脱した『その後』を見せず、プレーヤーの想像に任せたほうが一気に世界観の広がりが出そうだけどなあ。
ともあれ、出会いの衝撃に思わず〝これは自分のために存在しているに違いない〟と強く感じちゃうほどのパワーのある作品って、やっぱりすごい。大傑作。

麻耶雄嵩「化石少女」

(14/徳間書店
2020/06/19
読後頭かきむしりたくなった。ゆるさと気持ち悪さが絶妙。これぞ麻耶作品。
麻耶雄嵩の小説に出てくる人物、頭良くて性格やばくて本当に好き。天才。

ウィリアム・ゴールディング/平井正穂訳「蠅の王」

(10/新潮文庫)
2020/06/24
19世紀以前に流行した「孤島漂着もの」の流れを汲みつつ悲劇的な破滅を描く傑作。表面張力スレスレから崩壊までの息をのむような緊迫感が圧巻。神話的な雰囲気がいい。閉塞的な環境で絶望に吞まれていく少年たち、その顛末のやるせなさもまた、たまらないものがある。

森奈津子シロツメクサアカツメクサ

(06/光文社文庫)
2020/07/01
耽美な性愛幻想短編集。シンプルに凄く好き!文章の佇まい、テンポ感がとてもいい。作品から感じられた〝明るい暗さ〟とでもいうようなものが、解説を読んだ時によりはっきり輪郭がつかめてますます好きに。これですっかり森奈津子さんのファンになった。

パトリック・レドモンド/広瀬順弘訳「霊応ゲーム」

(15/ハヤカワ文庫NV)
2020/07/02
イギリスの名門パブリック・スクールを舞台に少年たちの歪んだ心を描いたサスペンス。少年たちの狂気、恐怖、段々おかしくなっていく過程のオカルティズムまじりの不穏な描写、最後の救いのなさ、どれをとっても一級品。前評判に違わず素晴らしかった。

筒井康隆家族八景

(75/新潮文庫)
2020/07/08
表面上は家庭内の小さなドラマで覆われた世界観。だけどその内実は、精神的にかるく一家族の域を飛び越えている。まさに思考実験、最高にエキサイティング。「亡母渇仰」の余韻が残る。こういう話大好き。筒井康隆の意地の悪さ愛してる。

乙一「ZOO」

(06/集英社文庫)
2020/07/09
シュールギャグ、ホラー、SFなどが織り交ぜられた短編集。楽しい!良質なエンタメ。ゾッとしたりヘンテコだったり、「こういう夢見る」くらいのイメージはおぼろげに誰しも持っていたとしても、ここまで具現化できるというのは、やはり鬼才の証である。頭やわらかい人だなあ。

赤江瀑「ポセイドン変幻」

(94/集英社文庫)
2020/07/09
とても好きな作家の一人、赤江瀑の幽玄で底の知れなさのある短編集。『恋牛賦』、『ポセイドン変幻』、『ホタル闇歌』の世界に魅せられた。文芸の極みの形の一つであると思う。毎度のことながら、作者の理想世界の追求ぶりに触れるたび、畏怖の念に打たれる。

壁井ユカコ「カスタム・チャイルド ―罪と罰―」

(09/メディアワークス文庫)
2020/07/10
遺伝子工学によって生まれた子供たちの青春SF。登場人物が魅力的。この作者の皮肉のきいたセリフ回しはやっぱり良い。サスペンスチックな終盤、引き込まれた。

森奈津子「からくりアンモラル」

(07/ハヤカワ文庫JA)
2020/07/11
性愛SF短編集。同作家の中ではシリアスに振った作品集である。粒ぞろいの傑作。

森奈津子西城秀樹のおかげです」

(00/ハヤカワ文庫JA)
2020/07/15
森奈津子はやっぱり面白い。これはバカSFとでもいうのだろうか。バカバカしいほどスケールがでかく、同時に私的な精神世界。癖になる。

谷崎潤一郎「陰翳礼讃」

(95/中公文庫)
2020/07/16


我らの祖先の天才は、虚無の空間を任意に遮蔽して自ら生ずる陰翳の世界に、いかなる壁画の装飾にも勝る幽玄味を持たせたのである。

谷崎の美学は衝撃的である。初めて手にとってさえ、既知の友人に出会ったように感じる点でも、著作が時代や世俗をかるがる超越しているような底知れなさがある。

皆川博子「蝶」

(08/文春文庫)
2020/09/03
詩句から触発された8つの短編集。インスピレーションに満ちた怪作。

津原泰水「妖都」

(19/ハヤカワ文庫JA)
2020/09/04
この日に敢えての津原泰水。「怪奇幻想譚」と銘打たれた作品であるが、まさにその通りの、えもいわれぬ読書体験だった。漂う色気がすさまじい。

江國香織落下する夕方

(99/角川文庫)
2020/09/05
文節の終わりの良さがずば抜けてる。音感がいい、の字バージョンみたいな感じなんだろうな。うまいとか下手とかじゃなくてもうこれはセンス。華子、すごい胸に残るな。これは惹きつけられるのわかる。

筒井康隆「誰にもわかるハイデガー: 文学部唯野教授・最終講義」

(18/河出書房新社
2020/09/09
おもしろい。フッサールにも興味が湧いた。今やるべきことって、これを突き詰めて色々読んで整理することかも。必ず訪れる「死」へ向き合うための方法として、生きる間に拠り所になる思想を提示してくれている。自分が今いる足元に眠る哲学者たちの声をもっと聞いてみたい。

安部公房「人間そっくり」

(76/新潮文庫)
2020/09/09
安部公房を読むたび、頭脳明晰って言葉がこれほど合う作者はいないと確信する。とにかく読んでいて気持ちいい。この人の作品に出てくる、人間の悪魔的なところを煮詰めたみたいな人物、本当にゾワゾワする。また、当然のことながら文章がうますぎて夢中で読んでしまう。不条理の塊で、かなりお気に入りの話。

いとうせいこう「ワールズ・エンド・ガーデン」

(91/新潮社)
2020/09/12
世紀末都市に生きる鬱屈した少年少女たち。読みづらくて苦戦したのに不思議と読み返したくなる魅力がある。新たに追ってみたいと思う作者。

飛浩隆「自生の夢」

(19/河出書房新社
2020/09/13
この人の作品を読むときはいつも覚悟を決めてかかるのだが、まるで予想もしない角度から表現と認識の壁をガラガラと崩され、ひたすら魔術に翻弄され、呆然とするという流れに気づけばなっている。マジでわけがわからない。文章が妖術。もう語るべき言葉もない気がする。別格。

柴田よしき「聖なる黒夜」

(02/角川書店
2020/09/22
駅のホームでの2人の通夜のシーン、あと取調室でのエピソードと麻生が恋を自覚するところ、超よかった。溜めて溜めてきたものが一気に弾けた。最近、成田良悟の『バウワウ!』読んだときも思ったけど、自分の思うエンタメを追求して堂々とそれを貫く姿勢ってやっぱり、表現者としてカッコよさがある。

太宰治「もの思う葦」

(80/新潮文庫)
2020/09/23
再読。衝撃的なリズム感の良さ。リリックかよってくらい心地いい。
111pの一節に惹かれてこの本買ったんだった。やっぱり心臓をグっと掴まれる。何度読んでも魅了される。初見の時、自分の哲学的思想体系をきちんと腹に収めている人を目指さなければ、と痛感したことを思い出す。まだ道のりは遠い。

幻想水滸伝II」

(98/コナミ)【ゲーム】
2020/10/08
ナンバリングタイトルを続けてやると進化具合に感動する。
ルカ戦の前、なんの気なくスタリオンに話しかけたら「大丈夫、いざとなったら自分が連れて逃げてあげるよ」って言ってくれたのがじんわり残ってる。必要ないところだけど、こういう言葉を用意してくれてるのはいいなあ。エモい。
あとはやっぱり前作主人公と会うイベント入れてくれてたのがほんとに良かった。テンション上がった。もとはふつうの人間を英雄扱いすることへの皮肉や哀しさみたいなのも感じられて、一気に深みが増した。
シナリオの人何者だよってなったのは、ナナミと逃げ出してぶっ倒れてシュウに喝入れられて戻るとこ。私の選択がばれる。ジョウイと主人公が同時に原因不明で具合悪くなってて(まあ紋章でしょうね…)業の深さがすげぇ。

森奈津子「耽美なわしら」

(09/ハヤカワ文庫JA)
2020/10/13
バカバカしいほど笑えて愛しくて好きな話。この人のアイディアと言語センスに惚れてるので何読んでもいいなって思うけど、中でもこのシリーズの面白さは安定している。書いてても楽しいんだろうな。

津原泰水「アクアポリスQ」

(06/朝日新聞社
2020/10/14
終盤の疾走感が凄い。豪雨に打たれながらの陶酔、眩暈、奔流のようなイメージの数々。ほんと、なんなんだ、とんでもない話だな。文字情報のみで五感を操ってくるの怖い。幻想的でありながらこの人特有の官能性が控えめでファンタジーの児童書みたいだった。(こんな児童書があってたまるか!)
いや、でもやっぱり新宿梁山泊の芝居を想起させるなあ。アンダーグラウンドの妖しさが根底にある。
鮮やかなのに淡い印象、ストイックな美しさ。この人と飛浩隆は想像力が飛びぬけていて異次元だとしみじみ感じる。神の目線というか、俯瞰力の異様な高さというか。もっといろいろ読みたい作家。

栗本薫たまゆらの鏡―大正ヴァンパイア伝説 六道ヶ辻」

(04/角川文庫)
2020/10/17
六道ヶ辻シリーズのラスト。安定安心のゴシックロマンだ。さりげなく書かれていた木蓮の木のイメージが強く印象に残っているが、それだけに限らず、インテリアや服装の描写が効いていて、いちいちときめいてしまう。こういう細部に神が宿るのだと実感する。後書きもよかった。自分が好きなものを貫くんだという心意気。

坂木司「青空の卵」

(06/創元推理文庫)
2020/10/20
この作者、心の機微というものがあまりにわかりすぎてる。
文章にいやみがなくて本当に好き。癒される。ヒーリング効果あると思う。

坂口安吾「白痴」

(49/新潮文庫)
2020/10/31


人間とは、少年の想像力の許すかぎりにおいて、とてつもなく怖ろしいもの、不正直で、残酷で、身の程しらずで、高慢ちきで、猫かぶりで、利己的で、狡猾で、ありとあらゆる陋劣と醜悪とを一身に背負った、一種の黙示録的存在であった。

凄い、この、禍々しいほどの情念に満ちた文章。白痴の憤怒が湧き出してる感じ、これもまた安吾である。

タニス・リー/井辻朱美訳「銀色の恋人」

(07/ハヤカワ文庫SF)
2020/11/01
部屋のリフォームの描写がよすぎる。
鳥籠型のエレベーター、薔薇色の煙、塵とモーヴ色の空、翼のあるメリーゴーランドなどなど…全部のイメージがきれいで鮮烈でたまらん。たぶん常に自分の中に夢想癖がある6歳くらいのイマジナリー幼女の人格がいるんだけど、その子がいちいちうっとりするのが分かる。変なこと書いた、ごめん。レストランで頼んだ飲み物にささってるチョコレート味のストローとか、空の中に佇む家の描写エトセトラ……黄金のシャンペン泡の形をした飛行艇ってイメージなんて、どうしたらこんなの思いつくんだ?「作家はロマンスを書くべきだ」という太宰の言葉の極致。他のも猛烈に読みたい。

乙一「小生物語」

(04/幻冬舎
2020/11/13
他人が仮想敵に怒られることにびくびくしてるのって傍から見ると笑っちゃうけど、共感しかない。どこから虚構でどこから現実?そらとぼけたような絶妙なおかしさが脱力感を誘う。

中島梓タナトスの子供たち―過剰適応の生態学

(98/ちくま文庫)
2020/11/19
小説道場で折に触れて主張していたことをより丁寧に、よりシビアに記述されている書。この人の評論、読み物として秀逸でやっぱりかなり面白い。まだまだ咀嚼する余地がある。ACの世界との対峙に関する文章には、身につまされてだいぶ辛い気持ちにもなった。でも、この語り口の容赦のなさに不思議と救われる。こういった評論やエッセイを読むにつけ、中島梓という人の大きさを感じる。

皆川博子「開かせていただき光栄です―DILATED TO MEET YOU―」

(13/ハヤカワ文庫JA
2020/11/19
エンタメ色強く勧善懲悪の愛あるお話。
タナトスの子供たち読んでから立ち戻る皆川博子の世界、ため息が出る。美しいものは汚濁の中から生まれる、とはまさにこのこと。少年のサタニックさが表出してきたところで皆川さんワールドを堪能できた。でも読後感は爽やか。解説の有栖川有栖の文が実に過不足なく、如才ない人だなと思った。

夢枕獏「幻獣少年キマイラ」

(13/角川文庫)
2020/12/07
何かでアクション描写なら夢枕獏、と見たけど、その通り。そこに文があることなど気づかせぬように…という、小説道場で読んだ『文章の理想形』の一種を見た。夢枕獏の文章。読むのに全然ストレスがない。モチーフがド好みすぎて続き読むのが惜しいくらい好き。

 

 

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2021年に触れて印象的だった作品リスト

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以下雑感など

 

 

志名坂高次(原作)/粂田晃宏(作画)「モンキーピーク」

(17~19/日本文芸社)【漫画】
2021/03/16

雄大大自然が突如惨劇の舞台と化す、山岳パニックホラー作品。志名坂作品には〝凍牌〟のダークでアウトローな作風で惚れた口。今作でもやはり、全編を貫く異様なリベンジ精神は健在だった。序盤のシリアスな筋運びと腹の読めないキャラ間の空気感でもう、個人的に完璧な掴み。何といってもこの、人間の悪意がねじまがりすぎてゾクゾクするほどの面白さといったら!各人の心理状態を繊細に描写して余りある作画も最高。いい人と組んだなあ。私は後味のすっきりしないイヤミス幻想文学が好きなのもあって、説明されていない部分も含め読み終わった後にあれこれ考えるのが楽しかった漫画。

ダンガンロンパ

(10~/スパイク・チュンソフト)【ゲーム】
2021/04

倫理観がぶっ壊れてることを知っていて、敢えてぶっ壊してる作品が好きだ。不思議と品格がある。美しくも楽しい仕掛けの数々に、大の大人が寝食を忘れて夢中になってしまう──ダンガンロンパはそういう作品だ。
ストーリーを進めるごとに容赦なく突きつけられる〝悪意〟の気配には、どこかアトラス作品と通じるところがある。その悪意の果てにプレイヤーが目の当たりするものとは、理不尽、不条理そのものだ。これはクリエイターの誇りをかけた、受け取り手への挑戦といっていい。たとえば、絶対絶望少女。これはシリーズ内の立ち位置としてもイレギュラーで、ちょっとバラエティ感覚で取り組んだっていうのもあるが、だからこそ、背中から刺されたみたいな感覚は一番強い。絶のエッセンスは、大まかには「持つ者」「持たざる者」というテーマに収斂されたように感じているが、それが個人的にかなりツボで「そこ突き詰めるか!」と痺れた。脚本家の源流にはメフィストファウストがあるとのことで、その尋常じゃない明晰さと豊かなミステリ知識に深く納得できる背景であった。特に2の中盤から終盤にかけての展開は、同シリーズすべて含めたシナリオの白眉だ。
カミュの「不条理な論証」に『不条理性は、それと認知されたその瞬間から、ひとつの熱情と化する、あらゆる情念のうちもっとも激しく心を引裂く情念と化する』とあるが、まさしく「引裂かれる」ような、したたかに酔えるほどの劇的なイメージ喚起力がこの作品の持つ最大のパワーなのかもしれない。
現実のカリカチュアを通して感情浄化すら味わえてしまう。すごい作品だ。理不尽への怒りを黒いエスプリでくるんだ極上のエンタメ。

江戸川乱歩人間椅子 江戸川乱歩ベストセレクション(1)」

(08.05/角川ホラー文庫)
2021/04/10
ホラー、幻想、偏執的な精神世界を鋭い筆致で描く短編集。語彙の選択に作者の慧眼が光る。言語表現が端正でお手本のよう。押絵と旅する男、乱歩の中でもダントツに好み。自分がフィクションに求めてるものって“情念”と“幻想”だな、と思った。まさに乱歩の得意分野である。

若木未生イズミ幻戦記【完全版】」

(17/トクマ・ノベルズ)
2021/04/15
文章表現がとてもチャーミングで、品が良くて、それでいて色っぽく、ちょっと新井素子を思い出した。とにかくこの好感の持てる感じ、数多いる作家の中でもかなり貴重な資質ではなかろうか。外伝の眠る帝国がクラシカルなSFらしさがあって好き。抒情的で幻想ムード強めで、ひたすら心地よい。マイベストSFファンタジー作品入り。モチーフの良さとかアクションの熱さも兼ね備えた最高な作品である。可能ならばどうか続きを読めますように。

山田風太郎「伝馬町から今晩は 山田風太郎コレクション」

(93.10/河出文庫
2021/04/20
痺れた!初めての山田風太郎ワールド、がっつり魅了された。カッコよすぎる。テンポも語り口も言語センスもなにもかも好み。薄っすら自分が感じていたことが明文化されていく驚きと心地よさ、そして「こんな小説を書く人がいたのか」と慄きに近い引き込まれ方をした。一貫して描かれるのは人間の業とどうしようもなさであり、社会や人間に対する憤怒を血反吐のごとくぶちまけながらも、ふと挟まる、この世の春を、儚く美しい事象を追い求めるかのような空気感が強烈に胸にきた。芍薬屋夫人のラスト、なんて巧みなんだ。歌のよう…。表題作も終わり方がシネマチックで好き。

神林長平「七胴落とし」

(07/早川書房
2021/04/23
精神感応による自殺強制ゲームに倒錯する子供たちを描いたSF。大人への成長途上にある、子供同士のヒリついた空気感がドライな筆致で綴られる。その文体には媚がないのに蠱惑的というか、妖艶な匂いすら感じる。焦燥と不安の心情がリアル。幻想的かつグロテスクな世界観と、異様な閉塞状況の描写も相まって息苦しいほど引きつけられる。傑作。

花村萬月「王国記」

(99/文藝春秋
2021/04/24
芥川賞受賞作『ゲルマニウムの夜』続編として1999年に刊行された、「神と人間」をめぐる壮大な叙事詩。世紀末に出たこともあいまってか、刺すような苦しい空気が充溢している。神経を逆立てられる不快さと、でも読まずにいられない猛烈な魅力は、〝新しくて生きいきした芸術は必ず人を苛立たせます〟というガートルード•スタインの言を体現しているかのよう。目を背けたくなるけど否応なしに引き込まれるパワー。凄まじかった。絶対に他作も読んでみたい。

筒井康隆筒井康隆コレクションI 48億の妄想」

(14/出版芸術社
2021/05/02
笑った、笑った。なんというアイロニー、これぞ筒井康隆。性格わるいなー!これが好きなんだよな。舌鋒鋭すぎる。表題作は半世紀以上前に書かれた話とは思えない。

田中芳樹「風よ、万里を翔けよ」

(98/中央公論社
2021/05/05
これで作者のファンになった。めちゃめちゃスマートで読みやすい文章。シュッとしてる。そして乾いた中にふわっと匂うような色気!たまらん。破滅に向かう物語というのはかくも魅力的なものか。

北杜夫「夜と霧の隅で」

(63/新潮文庫)
2021/05/13
『谿間にて』の異様さと荘厳さに引きこまれた。作者自身の、社会と人間への鋭い洞察力、解像度の尋常じゃない高さが窺い知れる。そんな教養の塊みたいな文章で偏狭的な精神の内側をゴリゴリ描かれる凄味には、背筋が凍るものがある。無為徒食の身としてはしんどくなったりもするが、それを上回るくらい、圧倒的な知性を目の当たりにする快さを味わえる。

外山滋比古「思考の整理学」

(86/ちくま文庫)
2021/05/14
蒙を啓かれるというよりは、ストンと腑に落ちて自分の欠けを認識し、獲得すべきことを再確認できる感じ。「人は形にして見せてもらうまで、自分は何が欲しいのかわからないものだ」と言ったのはジョブズだが、これだけ多くの人に響くのもわかる、「当たり前のことをわかりやすく整理して差し出してもらえる」という観点において非常な良書。余計な記述は何もない。情報は捨てることこそが肝要という主張を体現している。

中島敦「李陵・山月記

(03/新潮文庫)
2021/05/19
端正で凛とした文体のたたずまいに背筋が伸びる。
解説の「中島敦以外が括約筋のゆるんだ文章に思える」てひどすぎて笑っちゃうけどわかる気もする。この硬質さは永遠の憧れである。

宮口幸治「ケーキの切れない非行少年たち」

(19/新潮新書
2021/05/27
「自分の物差し」の貧しさが肺腑にしみる。今年、忘れられないパラダイムシフト体験のうちの一つ。

エレン・カシュナー/井辻朱美訳「剣の輪舞 増補版」

(08/ハヤカワ文庫)
2021/05/30
中世を舞台に若き剣客の冒険を描くファンタジー。これは惚れた!井辻朱美さん、好きな翻訳者入り。上流階級の文化人を描いているからとはいえ、華やかな社交界のの裏側の、腹の探り合いが熾烈すぎる。なんというIQの高すぎる会話。しかし何よりも、メイン二人の雰囲気の色っぽさに陶然とした。もっと読みたい。

若木未生「XAZSA メカニックスD」

(00/コバルト文庫)
2021/05/31
機械人間ザザとその友人たちの人間ドラマを描くSF短編集。センチメンタルで素直でかわいらしい。冒頭の短編が秀逸。

稲垣足穂一千一秒物語

(69/新潮文庫)
2021/06/03


彼は、「春のお昼前の紫の煙を曳きながらの墜落」に渇望していた。

本書の世界そのものの一行。
文章が自然できれいでうまくて唸る。死の泉で皆川博子に出会ったときのことを思い出すなあ。そんでもうちょっと人を食った感じ。意地悪さとも違うけど、涼しげで上品な冷酷さがある。アナロジーの豊富さと理知とセンスの良さ。魂を地上から舞い上がらせる。乙女座の理想世界。

J・さいろー月光のカルネヴァーレ~白銀のカリアティード~」

(07/ガガガ文庫)
2021/06/12
ニトロプラスより発売された18禁PCゲームの外伝小説。ヨーロッパを舞台に繰り広げられるゴシックノワールだ。何より乾いた中に香気を放つ文体が魅力。激しいアクション、アンモラル漂う妖艶な雰囲気、無常の風が吹き抜けるようなラストも含めて堪能した。「J・さいろー節」、これはもう、ある種の人間にとっては読む麻薬だ。機械仕掛けの少年少女、ノワール人狼、などなどの妖美かつ血沸き肉躍る要素満載の、いかにも「オタクの好きそうなもの詰め込みました!」という佇まいながら、彼以外の作家が同じ素材を用いて表面だけなぞっても、決してこうはならないだろうっていう確信がある。読後の余韻にJazztronikの『A Night In Venezia』をエンドロールで流したい。他作品も絶対に読む。

安部公房「方舟さくら丸」

(90/新潮文庫)
2021/06/17


たのむから豚を話題にするのはやめてほしい。耳にしただけで、人格をまるごと挽肉機に詰め込まれた気分になってしまう。

スゲエ。突き刺すような痛みを感じると同時に胸がすくような感覚。脱帽。
もう目次からして天才だし。レトリックが鮮やかすぎてたまらないし、ナンセンスさもまたたまらない。比喩のうまさ、過不足ない描写、流れの自然さ、雰囲気の異様さ、そして凄味。理想中の理想だ。

スティーヴン・キングファイアスターター

(82/新潮文庫)
2021/06/25
キングの超能力小説。エンタメ的な意味で〝快い〟小説を書かせたらこの人は超人的な領域だなあ。通俗作家の至芸を見た、という感じ。カタルシスがどんなもんかっていうのをありありと実感できる。下巻、能力を忘れた父親が夢の中で奮闘して麻薬中毒から抜け出すところ、唸るほどうまい。人々の心理の変化をつぶさに追える感覚が癖になる。

牧野修「MOUSE」

(96/ハヤカワ文庫JA)
2021/06/27
これ良かった。フリークな少年少女たちの楽園を描いたSF。夢と現実、ファンタジーとエログロとSFの融合。強烈な世界観に戸惑いつつ目が離せない。文体に小悪魔的なコケティッシュさがある。モチーフの良さと画の強さが頭に残る。

山田風太郎「地の果ての獄 山田風太郎ベストコレクション」

(14/角川文庫)
2021/07/02
私は創作者・山田風太郎をめちゃめちゃに尊敬しているのだが、それはこの本に依るところが非常に大きい。
まず平明な文体が理想形の一つであるということ。それから、アウトローや善人、それぞれに対しての解像度と描写力の高さ、そしてそれをまったく嫌味に感じさせない感じの良さ。テーマ的に町田康の告白をちょっと思い出した。明治時代の人間の姿がリアル感をもって感じられる、風俗小説としての趣もある。
上巻の情念渦巻く余韻を残す終わり方には度肝を抜かれた。寝しなに読むもんじゃない。眠れなくなった。願わくば記憶を消してあの衝撃をまた味わいたい。

若木未生永劫回帰ステルス 九十九号室にワトスンはいるのか?」

(17/講談社タイガ)
2021/07/03
本書と同じく人間嫌いの探偵というと、『青空の卵』の鳥井を思い出すが、あっちが周りの人間たちがことごとく良い人なのに対し、こちらはなんと癖つよな人たちばかりなことか。そしてそんな探偵の救いとなり得るのは、言動がなんかちょっと変で、現実に対してシビアだしサイコだし当人もでっかい病理を抱えているワトスンなんですね。一見コメディタッチな学園ミステリー面して、何食わぬ顔でこんな歪みをねじ込んでくる。滲み出す痛々しさがまた良さでもある。私がこの人が好きな大きな理由の一つに、これを書かずにおれない、という作者の欲求に深く共感する、というのがある。改めて好きだと再確認した。

坂口安吾「不連続殺人事件」

(55/探偵双書)
2021/07/05
終盤、探偵の語り口の神経の行き届いたこまやかさ、さすがだなあ。ミステリーって大抵もうちょっと無粋なもんだが。地力が出る。登場人物のぶっ飛び加減にすごいなと思いながらふと附録の著者年表を見ると、年齢一桁にしてあのエキセントリックさに恐れ入った。

太宰治「斜陽・パンドラの匣

(09/文春文庫)
2021/07/07
斜陽の“お母さま”、落下する夕方の華子みたいな雰囲気ある。戯れにしたキスがあとあと尾を引いて女側の猛烈な恋になるの、妙にリアルでいい。パンドラの匣、太宰の異様な言語音感のよさが爆発してる。明るい話ってわけでもないのに全編に漂う可笑しさが良い。太宰はやはり格別に好きだ。

星新一「きまぐれ博物誌・続」

(04/角川文庫)
2021/07/08
星氏はこういっては恐縮だが、私の中で貴重な友人枠に入る。常人離れした思考の展開でひねった着地点へ落ち着くのが面白い。むちゃくちゃ頭の切れるのが端々から伝わるし、かつこの、読んでてまったく不快感を与えない文章や言葉選びは、人格だよなあ。ふつうちょっとは引っかかる物言いがあって、それがスパイスになったりするんだけど。この人の場合とぼけたユーモアで覆い隠してるというか。穿った見方をすればある意味もっとも腹の底が読めないタイプ。世俗の雑事から超越してそう。
でも「進化したむくい」とか読むと、な〜んだちゃんと(?)毒々しいとこあるじゃん!筒井康隆にタメはれる!とほっとする。言うまでもないことだが、さすがのSF御三家なんだよなあ。

ダニエル・キイスアルジャーノンに花束を

(99/ダニエル・キイス文庫)
2021/07/08
読んでいる間、体じゅうの細胞がばらばらになって再構成されて、本を閉じた時には世界の見え方が変わるほど脳みそが変異しているような感覚があった。昔何度か味わったけど最近では久しぶりの読書体験。

レイ・ブラッドベリ「何かが道をやってくる」

(64/創元SF文庫) 
2021/07/08
書籍体が最高なのは前提として、舞台になったとしたらさぞ映えそうな話。バレエがいいなあ。プロコフィエフなんか合いそう。これってそもそも、怪奇、サーカス、少年たち、ってモチーフ並べるだけでも最高なのだ。だけれども、さらに作品のトーンが一貫して上品で、厳かですらあるからこそ価値がある。絶対に安っぽくならない。凄まじいセンス。あとブラッドベリが手掛けることによる特に好きな部分はやっぱり、あのブラッドベリ節とでもいうような、憂いを帯びた叙情的なトーンである。ブルーグレーの紗がかかったような。しかし、であればこそ──その霧が全て晴れたようなラストは圧巻だ。忘れられない心象風景がまた一つ増えた。

太宰治「正義と微笑」

青空文庫
2021/07/10
この罵詈雑言は天賦の才。ほんと面白い。
小説道場の『誰もが一つの歌しか歌えない』を実感する。おちゃらけながらシニカルに絶望している。こんなに明るい作品でさえそうなのだ。太宰を読むと言うのは自己発見の場でもある。

椎名誠岳物語

(85/集英社
2021/07/14
良かった。エモーショナルさをおさえてまとめた語り口に好感を持つ。私の中で、作者が本棚の中で定期的に会いたい友達枠に入る。

若松英輔「悲しみの秘義」

(19/文春文庫)
2021/07/20
これは昭乃さん経由で読んだ。悲しみに付随した現象・心情の綾を懇切丁寧に腑分けされていており、雲をつかむような感覚でいたことを改めて言語してもらえたような感じ。非常な良書。

ショウペンハウエル「読書について 他二篇」

(83/岩波文庫)
2021/07/23
目から鱗が落ちた。他人の思想体系を取り込むという読書の功罪。ショウペンハウエルの罵詈雑言、ちょっと太宰っぽくて好き。出会った順序が違っただけで実際は逆かもしれない。

栗本薫「真夜中の天使」

(79/文藝春秋
2021/07/26
発表が1979年。25くらいの時に書いたってこと?これ。妄執ともいえる情熱の渦巻きが文字に載ってる。やはり稀有な人である。栗本節の源流はここか、という感慨深さに浸る。

ヨースタイン・ゴルデルソフィーの世界  哲学者からの不思議な手紙」

(95/NHK出版)
2021/07/28
哲学初心者として、この噛んで含めるような構成が心底ありがたい。良かったので電書も買った。こういう内容だからこそ電書では心置きなくマーカー沢山引けるのがいいところ。

ポール・ギャリコ「猫語の教科書」

(98/ちくま文庫)
2021/08/06
猫好きによる猫好きのための本。ねこはかわいい。

アルベール・カミュ「シーシュポスの神話」

(69/新潮文庫)
2021/08/09
妖術みたいな言葉遣い。自分の頭が悪くて恐らく言ってることの3割くらいしかわかってない。でも迫力に圧倒される。きっと今読むべきだったはず。
「不条理の論証」ビリビリくるぐらい共感した。曖昧だった脳内の感覚を余すことなく言葉にしてくれている感覚。再読予定。

ジャック・ヒギンズ「黒の狙撃者」

(92/ハヤカワ文庫NV)
2021/08/12
デヴリンファンへのサービスみたいな話だな。かっこよかったなあ。とりあえず読んどこう、くらいのテンションだったけど完全に裏主人公だった。ハードボイルドでしかとれない栄養(ロマン)が補給できた。

小松左京日本沈没

(95/光文社文庫)
2021/08/13
冷徹な描写を積み重ねることで恐怖感を掻き立て、最後の最後にリリカルな面出してくるのホントうめーーーーーっ。感動しちゃったよ。超大作。スケールのでかいパニックもの書かせたら小松左京の右に出るものはいないのでは?あまりの骨太さとスケール感にクラクラしたけど、それも含めて良かった。人間描写の昔のドラマっぽさがむしろ新鮮な感覚。奥付見たら初版から4ヶ月を待たずして118版発行てすごいな。

筒井康隆「馬の首風雲録」

(09/扶桑社文庫)
2021/08/13
ドタバタと戦争ドラマという禁忌の組み合わせをやっちゃうところにこの人の凄味がある。酸鼻をきわめる悲惨さを、ひいては作品自体すらをも笑い飛ばせる〝強さ〟は芸術の域。

サマセット・モーム/中野好夫訳「月と六ペンス」

(59/新潮文庫)
2021/08/15
悲哀とユーモア。142Pのストルーヴ家の描写がすべて。自分の視野狭窄ぶりに気づかされ、驚く。こんな作家がいたのかと衝撃だった。訳も美しい。もっともっと読みたい。強烈なパラダイムシフト体験。

津原泰水「蘆谷家の崩壊」

(02/集英社文庫
2021/08/23
幻想怪奇短篇集。
面白い。軽妙洒脱なシュール笑いとゾッとする感覚の同居。バランス感覚が絶妙。このコントロール力はさすがと思う。後半にいくにつれ凄みが増す。神経症的な目から見た世界表現による芸術の発露への憧れがある、という自分の傾向に気づかされた。水牛群の狂気には定期的に触れたくなる。集英社文庫の解説が皆川博子で個人的にかなりうれしかった。
この短篇集を皮切りに作者の長編幻想小説以外の作風にも手を出すようになって、ちょうど自分にとっては橋渡しみたいな存在として思い入れも深い。

斎藤美奈子「趣味は読書。」

(07/ちくま文庫)
2021/08/24
書評本に興味を持っていくつか読んでみた中で、当たりも大当たりが本書。読み物として滅法面白く、シニカルな目線がドストライクで私好み。筒井康隆がかなり好意的に書いていたので期待はしていたけど、良い文章書く人だなあ。初めてだけど斎藤美奈子さんに対しては勝手に本好きの友達みたいな感覚でいる。303p,313pが辛辣すぎて笑った。あー、読書って楽しい。

佐藤信夫「レトリック感覚」

(92/講談社学術文庫)
2021/09/03
「文章がいい」レトリック本ってありそうで意外とないので、貴重な良書。知りたかったことが過不足なく開陳されている。筒井の創作の極意と掟と併せて読むと興味深い。

小松左京「星殺し スター・キラー」

(70/早川書房
2021/09/03
ひたすら圧倒される。ちょっとすごすぎる、なんでこんなうまいの?毒々しさと凄みがすごい。この人と筒井康隆が同年代にいた日本、おかしい。パワーバランス狂ってるよなあ。このアクの強さが大好き。

ミヒャエル・エンデ「モモ」

(05/岩波少年文庫)
2021/09/05
再読。提喩と換称、海外作家に多いのこれか。彼らがレトリックが身体に染み込んでるっていうのを実感する。
根っこの部分で欲してるものをすっと差し出された感じ。マグリットの絵画のよう。ロマンチックだなあ。静かで上品で、懐かしい。感傷的で大事にしたい世界。

皆川博子「瀧夜叉」

(98/文春文庫)
2021/09/15
教養とセンスの塊なんよ皆川博子。い、色っぺえ
元ネタになった歌舞伎の演目はいずれちゃんと観たいと思う。

夢野久作「少女地獄」

(76/角川文庫)
2021/09/25
表題作における人間観の寛大さが好ましい。夢野作品で一番好き。地の果ての獄にもいえることだが、アンモラルや虚構へのやさしさが見える作品、ほっとするんだよな。

シオドア・スタージョン/矢野 徹訳「人間以上」

(78/ハヤカワ文庫)
2021/10/03
めちゃくちゃ引き込まれる。なんだこれ!?こういうタイプの文芸は不見識なため、新鮮だったけど良かった。
既知の中だと、少し篠原一さんを想起させる。あと星殺しの小松左京と…
解説込みで良い感じになる翻訳本ってあるけどこれもその一つ。

レイ・ブラッドベリ「ウは宇宙船のウ」

(68/創元推理文庫)
2021/10/09
ブラッドベリの幻想趣味と突き放したシニカルさが一番いい具合に発揮されてるのがこの短編集ではないだろうか。長雨に私の嗜好が凝縮されていて、短いのに物凄い充足感を得られる。

三島由紀夫三島由紀夫 レター教室」

(91/ちくま文庫)
2021/10/10
この辛辣さ軽妙洒脱さ好きだな。不道徳教育講座といい三島のこういう路線好き。

中森明夫「東京トンガリキッズ

(04/角川文庫)
2021/10/11
底に流れる痛切さやモチーフ、「画」としてハッと胸を掴まれる感じ、感傷、ノスタルジーに魅せられる。80年代サブカルシーンの空気感、当時の青春期の魂がハッとするほどリアルに息づいている。中でも〝きよしこの夜〟は白眉。風俗小説としての趣も充分なので一見の価値あり。

栗本薫「朝日のあたる家〈1〉」

(02/角川ルビー文庫)
2021/10/12
打ちのめされる。文の中になんでこんなに自分の分身があるのか。凄腕の占い師に自身のことを言い当てられてぎくっとするみたいな箇所がいくつもある。
ページを繰るのももどかしくて読み進めたのなんて久しぶりだった。苦しさとやるせなさと絶望の中の優しさが充満している。
この執拗なまでの心理描写って、ちょっとヘミングウェイを想起させる。それをかるく10人分くらいは掌の上で操ってみせるのだから恐ろしい。結局私はパラノイアじみた性質の作家に異様に惹かれる運命にあるのだと思う。

夢枕獏陰陽師

(91/文春文庫)
2021/10/13
淡々としていて底知れぬ凄味があって優雅で、ザ〝日本〟て感じでよい。清濁併せ呑む潔さ、倫理観の薄さがちょっと前の日本の本読んでいて好きなところ。それでいて文体のせいか妙に癒される。毒気がないわけではないが、不思議。2巻まで読了。続きは冷たく憂鬱な雨の日にでも日本酒片手に読みたい。

アーネスト・ヘミングウェイ誰がために鐘は鳴る

(07/新潮文庫)
2021/10/14
ラスト100pあたりから異次元の面白さ。神ゲーをプレイしているかのごとくの没入感。ヘミングウェイのおかげでハードボイルド愛を再確認できた。超硬質に綴られる人間たちの一人一人のドラマの、その高潔な輝きに圧倒される。〇〇〇〇〇の最期の描写、あまりにも見事。

恩田陸クレオパトラの夢」

(15/双葉社
2021/10/15
バリバリの戦闘派でありながらオネエのやたら魅力的な主人公・恵弥を軸に、ミステリアスな展開で一気に読ませる。生き生きとした会話がいい。テーマとしてバイオテロを扱う作者の嗅覚の鋭さといい、広範な教養や、アンテナの感度の高さに目を瞠る。

光瀬龍百億の昼と千億の夜

(73/ハヤカワ文庫)
2021/10/17
「神」をテーマにした壮大なスケールのSF。難解ながら不思議な引力のある作品。硬いのに色気がある文章って一番好きなんだよな。でも途中で何度も挫折しそうになった、難解で。折を見て読み返したい。

津原泰水「たまさか人形堂物語」,「たまさか人形堂それから」

(11/文春文庫),(13/文藝春秋
2021/10/19
一筋縄ではいかない面白さ。軽妙にビュンビュン展開していくのでストレスフリー。まさにエンタメ小説。
作者が自分の分身として登場人物の苦悩を描いているように感じられ、勝手に信頼感が増し増しに。続編p.168-169あたりの富永くんの吐露、胸が痛いな。でも好き。
最後の人形目線マジで良かった。豆腐屋のおっちゃんの『努力の跡が見えたら売り物にならない』は至言。構成がほんとよかった。ブラボー!

津原泰水ルピナス探偵団の当惑」,「ルピナス探偵団の憂愁」

(07/創元推理文庫), (12/創元推理文庫
2021/10/20
ルピナス花言葉が出てきたところでもう好き、となってしまう。(「貪欲」と「空想」)ちょいちょいすっとぼけてて笑える。でもカーテン一枚めくったらでーんとグロテスクが横たわってる感じ。もはや名人芸の域。続編の始まり方でつくづく恐ろしい作家だと思った。めちゃくちゃな博覧強記ぶりと緩急のつけかたが天才的。作家読みの対象なので当然ではあるんだけど、改めて本当に好みの文章だ。不二子の性格の悪さと無茶苦茶な魅力、麻耶雄嵩メルカトル鮎に通じるところがある。

國分功一郎「中動態の世界 意志と責任の考古学」

(17/医学書院)
2021/11/03
いろんな哲学的な本かじると、〝結局アリストテレス〟なんだなって思う。そのアリストテレスの時代に〝意志〟の概念がなかったってところ、読んだ時目眩がした。世界がぐるっと回ったみたいな。
ビリーの話でダンロンV3の第4章の裁判を思い出してしまった。深い問いを突き付けられる感じで、やっぱりぐるぐる考えてしまう。
思いもよらなかった角度から、じっくり思索する機会をポンと与えられた感じ。興味深いテーマだった。明瞭な文章が快く、本棚入りさせたい本。「月と六ペンス」「ケーキの切れない非行少年たち」に続いて、今年パラダイムの転換を余儀なくさせられた本3巨頭入り。

山田風太郎甲賀忍法帖 山田風太郎忍法帖(1)」

(98/講談社文庫)
2021/11/06
しびれるカッコよさの甲賀者たち。文句なし。ほんっとに好き!風太郎文学の肌への合い方がもう大親友レベル。この人と同じ言語を扱う国に生まれて良かった。使われてる言葉がマジ大大大好き。

J.さいろー「SWEET SWEET SISTER」

(01/コアノベルズ)
2021/11/11
あまりに痛切で気になって一気読みした。不思議に爽やかな読後感で凄すぎて呆然。私は超好みなんだけど全く人に勧められない。自主的に眼球譚読むタイプならいけるか?時代が時代なら発禁モノだろうなあ。でもこれ凄い作品だよ実に。
インセストタブーの背徳が根底に流れる中、不安や支配欲、怒り、屈辱、渇求、といった心理描写が鋭く描かれる。そこにネガティヴなだけでない昂揚も感じさせる見事さ。他者にはしょせん、当人たちの幸福は測れない。旅館個室での場面、その前のエピソードも伏線にして相手と自分の境界がわからなくなるところ、まじで天才すぎるだろと思った。
さいろーさんの本、概念としてのJUNEなんだよな。なんかそんな気はしてた。支配権がグラデーションみたくなってる。

アイザック・アシモフ/小尾芙佐訳「われはロボット」

(83/ハヤカワ文庫)
2021/11/29
かわいい。素直。知的。星新一が好きなのも頷ける、品がよくてスマートでちょっとひねりのあるユーモア、洗練されたオチ。
読心能力があるロボットの話が好き。言葉が人の精神に与える影響までもさりげなく寓話的に諭している。随所に見える辛辣さが好み。ロボットが人間を出し抜こうとする話、こういう思考バトルサバイバルゲームみたいなのが好きなので否応なく昂った。

今日泊亜蘭「光の塔」

(75/ハヤカワ文庫)
2021/12/07
現代日本SFの初長篇とも言われる作品。侵略、サスペンス、アクション、人間ドラマ、あらゆる要素ごった煮SF。読むまでどんな話!?と思ってたけど、読んだ後ですらログラインをつけるのは難しい。それがこの作品の魅力なんだろう。ハイレベルな思考実験に圧倒される。緻密な物語展開、伏線回収も見事。描写のうまさが飛びぬけていて映像的である。
解説で作者の人となりや時代背景がリアル感を伴ってわかるのもいい。めちゃくちゃ面白かった。

中島らも「今夜、すベてのバーで」

(94/講談社文庫)
2021/12/08
読んでる途中『自分』がいる、と何度も思った。叫びたくなるくらい刺さる。明晰夢のような文体。ラリってるのに明晰ってすごくない?理想だ。根底にずっと流れている絶望が痛切なのにウェットさがなく、透明で乾いている分、余計に胸に迫るものがある。読後は余韻が静かに体の中を駆け巡り続けていた。『創作の極意と掟』に名前が挙がっていたのがきっかけだが、この本に、中島らもに出会わせてくれた筒井康隆に本気で感謝したい。今年ベスト。

丸谷才一「持ち重りする薔薇の花」

(11/新潮社)
2021/12/13
これも筒井康隆経由。良書。おもろい大学教授の脱線しがちな授業聞いてるみたいな感じだった。ハハハ、あるあるだなあ。恐ろしく勉強になる蘊蓄の嵐。作者の人間観察の鋭さに舌を巻く。作家読みしたい人がまた増えた。

浅田次郎蒼穹の昴

(04/講談社文庫)
2021/12/20
びっくりするほど面白かった。端正でいい文章。
宿命じみた展開といい、時々入るコミカルっぽさといい、新感線の舞台を彷彿とさせる。

野﨑まど「know」

(13/ハヤカワ文庫JA)
2021/12/22
超情報化社会を舞台にした近未来SF。ライトな読み口だが「知ること」を主題に据えたストーリーとして秀逸。同作者の作品を何作か読んだが、これが最も良さが出ている気がする。

 

 

 

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