2021年に触れて印象的だった作品リスト

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以下雑感など

 

 

志名坂高次(原作)/粂田晃宏(作画)「モンキーピーク」

2017-2019 日本文芸社 
雄大大自然が突如惨劇の舞台と化す、山岳パニックホラー作品。志名坂作品は〝凍牌〟で惚れた口だけど、今作でも異様なリベンジ精神は健在だった。何といってもこの、人の悪意がねじまがりすぎてゾクゾクするほどの面白さといったら!各キャラの心理状態を繊細に描写して余りある作画も最高。いい人と組んだなあ。自分はめっちゃ好きだけど、説明されていない部分が残るのに関しては好みが別れそう。これでいいんだよ。志名坂作品はずっとアウトローでいて欲しい。(2021/03/16)

ダンガンロンパ

2010- スパイク・チュンソフト  
倫理観がぶっ壊れてることを知っていて、敢えてぶっ壊してる作品が好きだ。不思議と品格がある。用意された美しくも楽しい仕掛けの数々に、大の大人が寝食を忘れて夢中になってしまう。ダンガンロンパはそういう作品だ。
シンプルに言って、めーーーっちゃ面白かった。この中毒性を一度味わったらもう、全作やらないの無理。現行作品で一番好きなのは2(2の中盤から終盤にかけての展開は、シリーズ全シナリオの白眉だって思ってる)、思い入れあるのは1だけど、V3のキャラにはめちゃくちゃ愛着あるし結局全部いいのよ。絶対絶望少女はシリーズ内の立ち位置が特殊で、ちょっとバラエティ感覚で取り組んだっていうのもあるけど、だからこそ背中から刺されたみたいな感覚は一番強い。絶のエッセンスって、大まかには「持つ者」「持たざる者」というテーマに収斂されているような気がするんだけど、それが個人的にかなりツボで痺れた。カミュの「不条理な論証」に『不条理性は、それと認知されたその瞬間から、ひとつの熱情と化する、あらゆる情念のうちもっとも激しく心を引裂く情念と化する』とあるが、まさしく「引裂かれる」ような、したたかに酔えるほどの劇的なイメージ喚起力がこの作品の持つ最大のパワーなのかもしれない。現実のカリカチュアを通して感情浄化すら味わえてしまう。すごい作品だ。理不尽への怒りを黒いエスプリでくるんだ極上のエンタメ。(2021/04)

江戸川乱歩人間椅子 江戸川乱歩ベストセレクション(1)」

2008 角川ホラー文庫 
ホラー、幻想、偏執的な精神世界を鋭い筆致で描く短編集。語彙の選択に作者の慧眼が光る。言語表現が端正でお手本のよう。押絵と旅する男、乱歩の中でもダントツに好み。自分がフィクションに求めてるものって“情念”と“幻想”だな、と思った。まさに乱歩の得意分野。(2021/04/10)

若木未生イズミ幻戦記

2017 トクマ・ノベルズ 
文章表現がとてもチャーミングで、品が良くて、それでいて色っぽく、ちょっと新井素子を思い出した。とにかくこの好感の持てる感じ、数多いる作家の中でもかなり貴重な資質ではなかろうか。外伝の眠る帝国がクラシカルなSFらしさがあって好き。抒情的で幻想ムード強めで、ひたすら心地よい。モチーフの良さとかアクション面の燃え、さらに萌えも兼ね備えた最高な作品。未完なのが切ない。(2021/04/15)

山田風太郎「伝馬町から今晩は 山田風太郎コレクション」

1993 河出文庫
痺れた!初めての山田風太郎ワールド、がっつり魅了された。カッコよすぎる。テンポも語り口も言語センスもなにもかも好み。薄っすら自分が感じていたことが明文化されていく驚きと心地よさ、そして「こんな小説を書く人がいたのか」と慄きに近い引き込まれ方をした。一貫して描かれるのは人間の業とどうしようもなさであり、社会や人間に対する憤怒を血反吐のごとくぶちまけながらも、ふと挟まる、この世の春を、儚く美しい事象を追い求めるかのような空気感が強烈に胸にきた。芍薬屋夫人のラスト、なんて巧みなんだ。歌のよう…。表題作も終わり方がシネマチックで好き。(2021/04/20)

神林長平「七胴落とし」

2007 早川書房
精神感応による自殺強制ゲームに倒錯する子供たちを描いたSF。大人への成長途上にある、子供同士のヒリついた空気感がドライな筆致で綴られる。その文体には媚がないのに蠱惑的というか、妖艶な匂いすら感じる。焦燥と不安の心情がリアル。幻想的かつグロテスクな世界観と、異様な閉塞状況の描写も相まって息苦しいほど引きつけられる。読んでからしばらく経つけど強烈に記憶に残ってる。傑作。(2021/04/23)

花村萬月「王国記」

1999 文藝春秋
芥川賞受賞作『ゲルマニウムの夜』続編として1999年に刊行された、「神と人間」をめぐる壮大な叙事詩。世紀末に出たこともあいまってか、刺すような苦しい空気が充溢している。神経を逆立てられる不快さと、でも読まずにいられない猛烈な魅力は、〝新しくて生きいきした芸術は必ず人を苛立たせます〟というガートルード•スタインの言を体現しているかのよう。目を背けたくなるけど否応なしに引き込まれるパワー。凄まじかった。絶対に他作も読んでみたい。(2021/04/24)

筒井康隆筒井康隆コレクションI 48億の妄想」

2014 出版芸術社
笑った、笑った。なんというアイロニー、これぞ筒井康隆。性格わるいなー!これが好きなんだよな。舌鋒鋭すぎる。表題作は半世紀以上前に書かれた話とは思えない。(2021/05/02)

田中芳樹「風よ、万里を翔けよ」

1998 中央公論社
これで作者のファンになった。めちゃめちゃスマートで読みやすい文章。シュッとしてる。そして乾いた中にふわっと匂うような色気!たまらん。破滅に向かう物語というのはかくも魅力的なものか。とにかく字面がかっこよくて憧れる。(2021/05/05)

北杜夫「夜と霧の隅で」

1963 新潮文庫
『谿間にて』の異様さと荘厳さに引きこまれた。作者自身の、社会と人間への鋭い洞察力、解像度の尋常じゃない高さが窺い知れる。そんな教養の塊みたいな文章で偏狭的な精神の内側をゴリゴリ描かれる凄味には、背筋が凍るものがある。無為徒食の身としてはしんどくなったりもするが、それを上回るくらい、圧倒的な知性を目の当たりにする快さを味わえる。(2021/05/13)

外山滋比古「思考の整理学」

1986 ちくま文庫
蒙を啓かれるというよりは、ストンと腑に落ちて自分の欠けを認識し、獲得すべきことを再確認できる感じ。「人は形にして見せてもらうまで、自分は何が欲しいのかわからないものだ」と言ったのはジョブズだが、これだけ多くの人に響くのもわかる、「当たり前のことをわかりやすく整理して差し出してもらえる」という観点において非常な良書。余計な記述は何もない。情報は捨てることこそが肝要という主張を体現している。(2021/05/14)

中島敦「李陵・山月記

2003 新潮文庫
端正で凛とした文体のたたずまいに背筋が伸びる。
解説の「中島敦以外が括約筋のゆるんだ文章に思える」てひどすぎて笑っちゃうけどわかる気もする。この硬質さは永遠の憧れ。(2021/05/19)

宮口幸治「ケーキの切れない非行少年たち」

2019 新潮新書
「自分の物差し」の貧しさが肺腑にしみる。今年、忘れられないパラダイムシフト体験のうちの一つ。(2021/05/27)

エレン・カシュナー/井辻朱美訳「剣の輪舞 増補版」

2008 ハヤカワ文庫
中世を舞台に若き剣客の冒険を描くファンタジー。惚れた!井辻朱美さん、好きな翻訳者入り。上流階級の文化人を描いているからとはいえ、華やかな社交界の裏側の、腹の探り合いがあまりにも熾烈。しかし何よりも、メイン二人の雰囲気の色っぽさに陶然とした。もっと読みたい。(2021/05/30)

若木未生「XAZSA メカニックスD」

2000 コバルト文庫
機械人間ザザとその友人たちの人間ドラマを描くSF短編集。センチメンタルで素直でかわいらしい。冒頭の短編が秀逸。(2021/05/31)

稲垣足穂一千一秒物語

1969 新潮文庫

彼は、「春のお昼前の紫の煙を曳きながらの墜落」に渇望していた。

本書の世界そのものの一行。
文章が自然できれいでうまくて唸る。死の泉で皆川博子に出会ったときのことを思い出すなあ。そんでもうちょっと人を食った感じ。意地悪さとも違うけど、涼しげで上品な冷酷さがある。アナロジーの豊富さと理知とセンスの良さ。魂を地上から舞い上がらせる。自分の理想世界。(2021/06/03)

J・さいろー月光のカルネヴァーレ~白銀のカリアティード~」

2007 ガガガ文庫
ニトロプラスより発売された18禁PCゲームの外伝小説。ヨーロッパを舞台に繰り広げられるゴシックノワールだ。何より乾いた中に香気を放つ文体が魅力。激しいアクション、アンモラル漂う妖艶な雰囲気、無常の風が吹き抜けるようなラストも含めて堪能した。「J・さいろー節」、これはもう、ある種の人間にとっては読む麻薬だ。機械仕掛けの少年少女、ノワール人狼、などなどの妖美かつ血沸き肉躍る要素満載の、いかにも「オタクの好きそうなもの詰め込みました!」という佇まいながら、彼以外の作家が同じ素材を用いて表面だけなぞっても、決してこうはならないだろうっていう確信がある。読後の余韻にJazztronikの『A Night In Venezia』をエンドロールで流したい。他作品も絶対に読む。(2021/06/12)

安部公房「方舟さくら丸」

1990 新潮文庫
スゲエ。突き刺すような痛みを感じると同時に胸がすくような感覚。脱帽。
もう目次からして天才なんだよな。レトリックが鮮やかすぎてたまらないし、ナンセンスさもまたたまらない。比喩のうまさ、過不足ない描写、流れの自然さ、雰囲気の異様さ、そして凄味。理想中の理想。(2021/06/17)

スティーヴン・キングファイアスターター

1982 新潮文庫
キングの超能力小説。エンタメ的な意味で〝快い〟小説を書かせたらこの人は超人的な領域だなあ。通俗作家の至芸を見た、という感じ。カタルシスがどんなもんかっていうのをありありと実感できる。下巻、能力を忘れた父親が夢の中で奮闘して麻薬中毒から抜け出すところ、唸るほどうまい。人々の心理の変化をつぶさに追える感覚が癖になる。(2021/06/25)

牧野修「MOUSE」

1996 ハヤカワ文庫JA
これ良かった。フリークな少年少女たちの楽園を描いたSF。夢と現実、ファンタジーとエログロとSFの融合。強烈な世界観に戸惑いつつ目が離せない。文体に小悪魔的なコケティッシュさがある。モチーフの良さと画の強さが頭に残る。(2021/06/27)

山田風太郎「地の果ての獄 山田風太郎ベストコレクション」

2014 角川文庫
私は創作者・山田風太郎をめちゃめちゃに尊敬しているのだが、それはこの本に依るところが非常に大きい。まず平明な文体が理想形の一つであるということ。それから、無法者と善人、それぞれに対しての解像度と描写力の高さ、そしてそれをまったく嫌味に感じさせない感じの良さ。明治時代の人間の姿がリアル感をもって感じられる、風俗小説としての趣もある。上巻の情念渦巻く余韻を残す終わり方には度肝を抜かれた。寝しなに読むもんじゃない。(2021/07/02)

若木未生永劫回帰ステルス 九十九号室にワトスンはいるのか?」

2017 講談社タイガ
本書と同じく人間嫌いの探偵というと、『青空の卵』の鳥井を思い出すが、あっちが周りの人間たちがことごとく良い人なのに対し、こちらはなんと癖つよな人たちばかりなことか。そしてそんな探偵の救いとなり得るのは、言動がなんかちょっと変で、現実に対してシビアだしサイコだし当人もでっかい病理を抱えているワトスンなんですね。一見コメディタッチな学園ミステリー面して、何食わぬ顔でこんな歪みをねじ込んでくる。滲み出す痛々しさがまた良さでもある。私がこの人が好きな大きな理由の一つに、これを書かずにおれない、という欲求に深く共感する、というのがある。(2021/07/03)

坂口安吾「不連続殺人事件」

1955 探偵双書
終盤、探偵の語り口の神経の行き届いたこまやかさ、さすがだなあ。ミステリーって大抵もうちょっと無粋なもんだが。地力が出る。このレベルの人は何書いても面白いけど推理ものまでキレキレだなんて、ますます好きになるわ。登場人物のぶっ飛び加減にすごいなと思いながらふと附録の著者年表を見たら、年齢一桁にしてあのエキセントリックさ。恐れ入る。(2021/07/05)

太宰治「斜陽・パンドラの匣

2009 文春文庫
斜陽の“お母さま”、落下する夕方の華子みたいな雰囲気ある。戯れにしたキスがあとあと尾を引いて女側の猛烈な恋になるの、妙にリアルでいい。パンドラの匣、太宰の異様な言語音感のよさが爆発してる。明るい話ってわけでもないのに全編に漂う可笑しさが良い。太宰はやはり格別に好きだ。(2021/07/07)

星新一「きまぐれ博物誌・続」

2004 角川文庫
勝手に貴重な友人枠に設定している星新一。たまに無性に会いたくなる。この文章に。常人離れした思考展開でひねった着地点へ落ち着くのが面白い。むちゃくちゃ頭切れるのが端々から伝わるし、かつこの、読んでてまったく不快感を与えない文章や言葉選びは、人格だよなあ。ふつうちょっとは引っかかる物言いがあって、それがスパイスになったりするんだけど。この人の場合、とぼけたユーモアで覆い隠してるというか、穿った見方をすればある意味もっとも腹の底が読めないタイプ。世俗の雑事から超越してそう。でも「進化したむくい」とか読むと、な〜んだちゃんと(?)毒々しいとこあるじゃん!筒井康隆にタメはれる!とほっとする。凪いだ海の下にヤベエ危険生物とか遺跡とかわんさか持ってる人、みたいな印象。こんな興味深い作家なかなかいない。言うまでもないことだが、さすがのSF御三家なんだよな。(2021/07/08)

ダニエル・キイスアルジャーノンに花束を

1999 ダニエル・キイス文庫
読んでいる間、体じゅうの細胞がばらばらになって再構成されて、本を閉じた時には世界の見え方が変わるほど脳みそが変異しているような感覚があった。昔何度か味わったけど最近では久しぶりの読書体験。(2021/07/08)

レイ・ブラッドベリ「何かが道をやってくる」

1964 創元SF文庫
書籍体が最高なのは前提として、舞台になったとしたらさぞ映えそうな話。バレエがいいなあ。プロコフィエフなんか合いそう。これってそもそも、怪奇、サーカス、少年たち、ってモチーフ並べるだけでも最高なのだ。だけれども、さらに作品のトーンが一貫して上品で、厳かですらあるからこそ価値がある。絶対に安っぽくならない。凄まじいセンス。あとブラッドベリが手掛けることによる特に好きな部分はやっぱり、あのブラッドベリ節とでもいうような、憂いを帯びた叙情的なトーンである。ブルーグレーの紗がかかったような。しかし、であればこそ──その霧が全て晴れたようなラストは圧巻だ。忘れられない心象風景がまた一つ増えた。(2021/07/08)

太宰治「正義と微笑」

青空文庫
この罵詈雑言は天賦の才。ほんと面白い。
小説道場の『誰もが一つの歌しか歌えない』を実感する。おちゃらけながらシニカルに絶望している。こんなに明るい作品でさえそうなのだ。太宰を読むと言うのは自己発見の場でもある。(2021/07/10)

椎名誠岳物語

1985 集英社
良かった。エモーショナルさをおさえてまとめた語り口に好感を持つ。私の中で、作者が本棚の中で定期的に会いたい友達枠に入る。(2021/07/14)

若松英輔「悲しみの秘義」

2019 文春文庫
これは新居昭乃さん経由で読んだ。悲しみに付随した現象・心情の綾を懇切丁寧に腑分けされていており、雲をつかむような感覚でいたことを改めて言語してもらえたような感覚がある。非常に良書。(2021/07/20)

ショウペンハウエル「読書について 他二篇」

1983 岩波文庫
他人の思想体系を取り込むという読書の功罪。ショウペンハウエルの罵詈雑言、ちょっと太宰っぽくて好き。出会った順序が違っただけで実際は逆かもしれない。面白かった。(2021/07/23)

栗本薫「真夜中の天使」

1979 文藝春秋
栗本薫を知るには欠かせない作品をやっと読了。25くらいの時に書いたってこと?これ。妄執ともいえる情熱の渦巻きが文字に載ってる。やはり稀有な人である。栗本節の源流はここか、という感慨深さに浸る。(2021/07/26)

ヨースタイン・ゴルデルソフィーの世界  哲学者からの不思議な手紙」

1995 NHK出版
これ、ほんとにいい本。哲学初心者として、この噛んで含めるような構成が心底ありがたい。良かったので電書も買った。こういう内容だからこそ電書では心置きなくマーカー沢山引けるのがいいところ。(2021/07/28)

ポール・ギャリコ「猫語の教科書」

1998 ちくま文庫
猫好きによる猫好きのための本。ねこはかわいい。(2021/08/06)

アルベール・カミュ「シーシュポスの神話」

1969 新潮文庫
妖術みたいな言葉遣い。言ってることの3割くらいしかわからん。でも迫力に圧倒される。「不条理の論証」ビリビリくるぐらい共感した。曖昧だった脳内の感覚を余すことなく言葉にしてくれている感覚。再チャレンジしたい。(2021/08/09)

ジャック・ヒギンズ「黒の狙撃者」

1992 ハヤカワ文庫NV
デヴリンファンへのサービスみたいな話。とりあえず読んどこう、くらいのテンションだったけど完全に裏主人公だった。ハードボイルドでしかとれない栄養(ロマン)が補給できた。本当にかっこいいよ彼は。(2021/08/12)

小松左京日本沈没

1995 光文社文庫
冷徹な描写を積み重ねることで恐怖感を掻き立て、最後の最後にリリカルな面出してくるのホントうめーーーーーっ。感動しちゃったよ。超大作。スケールのでかいパニックもの書かせたら小松左京の右に出るものはいないのでは?あまりの骨太さとスケール感にクラクラしたけど、それも含めて良かった。人間描写の昔のドラマっぽさがむしろ新鮮。(2021/08/13)

筒井康隆「馬の首風雲録」

2009 扶桑社文庫
ドタバタと戦争ドラマという禁忌の組み合わせをやっちゃうところにこの人の凄味がある。酸鼻をきわめる悲惨さを、ひいては作品自体すらをも笑い飛ばせる〝強さ〟は芸術の域。(2021/08/13)

サマセット・モーム/中野好夫訳「月と六ペンス」

1959 新潮文庫
悲哀とユーモア。142Pのストルーヴ家の描写がすべて。自分の視野狭窄ぶりに気づかされ、驚く。こんな作家がいたのかと衝撃だった。訳も美しい。もっともっと読みたい。強烈なパラダイムシフト体験。(2021/08/15)

津原泰水「蘆谷家の崩壊」

2002 集英社文庫
幻想怪奇短篇集。滅法面白い。軽妙洒脱なシュール笑いとゾッとする感覚の同居。バランス感覚が絶妙。このコントロール力はさすがと思う。後半にいくにつれ凄みが増す。神経症的な目から見た世界表現による芸術の発露への憧れがある、という自分の傾向に気づかされた。水牛群の狂気には定期的に触れたくなる。集英社文庫の解説が皆川博子で個人的にかなりうれしかった。この短篇集を皮切りに作者の長編幻想小説以外の作風にも手を出すようになって、ちょうど自分にとっては橋渡しみたいな存在として思い入れも深い。(2021/08/23)

斎藤美奈子「趣味は読書。」

2007 ちくま文庫
書評本に興味を持っていくつか読んでみた中で、当たりも大当たりが本書。読み物として滅法面白く、シニカルな目線がドストライクで私好み。筒井康隆がかなり好意的に書いていたので期待はしていたけど、良い文章書く人だ。初読にして斎藤美奈子さんに対しては勝手に本好きの友達みたいな感覚でいる。p.303,313が辛辣すぎて笑った。(2021/08/24)

佐藤信夫「レトリック感覚」

1992 講談社学術文庫
「文章がいい」レトリック本ってありそうで意外とないので、貴重な良書。知りたかったことが過不足なく開陳されている。筒井の創作の極意と掟と併せて読むと興味深い。(2021/09/03)

小松左京「星殺し スター・キラー」

1970 早川書房
ひたすら圧倒される。ちょっとすごすぎる、なんでこんなうまいの?毒々しさと凄みがすごい。この人と筒井康隆が同年代にいた日本、おかしい。パワーバランス狂ってるよなあ。このアクの強さが大好き。(2021/09/03)

ミヒャエル・エンデ「モモ」

2005 岩波少年文庫
再読。提喩と換称、海外作家に多いのこれか。彼らがレトリックが身体に染み込んでるっていうのを実感する。
根っこの部分で欲してるものをすっと差し出された感じ。マグリットの絵画のよう。ロマンチックだなあ。静かで上品で、懐かしい。感傷的で大事にしたい世界。(2021/09/05)

皆川博子「瀧夜叉」

1998 文春文庫
教養とセンスの塊なんよ皆川博子。い、色っぺえ…元ネタになった歌舞伎の演目はいずれちゃんと観たいと思う。(2021/09/15)

夢野久作「少女地獄」

1976 角川文庫
表題作における人間観の寛大さが好ましい。夢野作品で一番好き。地の果ての獄にもいえることだが、アンモラルや虚構へのやさしさが見える作品、ほっとする。(2021/09/25)

シオドア・スタージョン/矢野 徹訳「人間以上」

1978 ハヤカワ文庫
めちゃくちゃ引き込まれる。なんだこれ!?こういう文芸は不見識なため、新鮮だったけど良かった。既知の中だと、少し篠原一さんを想起させる。あと星殺しの小松左京と…うーん、今まで出会ったことないタイプすぎて作者への好奇心が膨れ上がっている。解説に少しヒントがあった。解説込みで良い感じになる翻訳本ってあるけどこれもその一つ。(2021/10/03)

レイ・ブラッドベリ「ウは宇宙船のウ」

1968 創元推理文庫
ブラッドベリの幻想趣味と突き放したシニカルさが一番いい具合に発揮されてるのがこの短編集ではないだろうか。『長雨』に私の嗜好が凝縮される。短いのに物凄い充足感を得られる。(2021/10/09)

三島由紀夫三島由紀夫 レター教室」

1991 ちくま文庫
この辛辣さ軽妙洒脱さ好きだな。不道徳教育講座といい三島のこういう路線好き。(2021/10/10)

中森明夫「東京トンガリキッズ

2004 角川文庫
底に流れる痛切さやモチーフ、「画」としてハッと胸を掴まれる感じ、感傷、ノスタルジーに魅せられる。80年代サブカルシーンの空気感、当時の青春期の魂がハッとするほどリアルに息づいている。中でも〝きよしこの夜〟は白眉。(2021/10/11)

栗本薫「朝日のあたる家〈1〉」

2002 角川ルビー文庫
打ちのめされる。文の中になんでこんなに自分の分身があるのか。凄腕の占い師に自身のことを言い当てられてぎくっとするみたいな箇所がいくつもある。ページを繰るのももどかしくて読み進めたのなんて久しぶりだった。苦しさとやるせなさと絶望の中の優しさが充満している。この執拗なまでの心理描写って、ちょっとヘミングウェイを想起させる。それをかるく10人分くらいは掌の上で操ってみせるのだから恐ろしい。結局私はパラノイアじみた性質の作家に異様に惹かれる運命にあるのだと思う。(2021/10/12)

夢枕獏陰陽師

1991 文春文庫
淡々としていて底知れぬ凄味があって優雅で、ザ〝日本〟て感じでよい。清濁併せ呑む潔さ、倫理観の薄さがちょっと前の日本の本読んでいて好きなところ。それでいて文体のせいか妙に癒される。毒気がないわけではないが、不思議。2巻まで読了。続きは冷たく憂鬱な雨の日にでも日本酒片手に読みたい。(2021/10/13)

アーネスト・ヘミングウェイ誰がために鐘は鳴る

2007 新潮文庫
ラスト100pあたりから異次元の面白さ。神ゲーをプレイしているかのごとくの没入感。ヘミングウェイのおかげでハードボイルド愛を再確認できた。超硬質に綴られる人間たちの一人一人のドラマの、その高潔な輝きに圧倒される。〇〇〇〇〇の最期の描写、あまりにも見事。(2021/10/14)

恩田陸クレオパトラの夢」

2015 双葉社
バリバリの戦闘派でありながらオネエのやたら魅力的な主人公・恵弥を軸に、ミステリアスな展開で一気に読ませる。このシリーズの恩田陸好き。生き生きとした会話がいい。テーマとしてバイオテロを扱う作者の嗅覚の鋭さといい、広範な教養や、アンテナの感度の高さに目を瞠る。(2021/10/15)

光瀬龍百億の昼と千億の夜

1973 ハヤカワ文庫
「神」をテーマにした壮大なスケールのSF。硬いのに色気がある文章、まさにこういうの一番好きなやつ。でも途中で何度も挫折しそうになった。難解で。ニューロマンサーほどではないけど「文字は読めるのに意味が分からない(宇宙猫)」状態に陥ってた。でも絶対面白いのはわかるんだよ。小説見る目だけはあるから。折を見て読み返したい。(2021/10/17)

津原泰水「たまさか人形堂物語」,「たまさか人形堂それから」

2011 文春文庫/2013 文藝春秋
一筋縄ではいかない面白さ。軽妙にビュンビュン展開していくのでストレスフリー。まさにエンタメ小説。作者が自分の分身として登場人物の苦悩を描いているように感じられ、勝手に信頼感が増し増しに。続編p.168-169あたりの富永くんの吐露、胸が痛いな。でも好き。最後の人形目線マジで良かった。豆腐屋のおっちゃんの『努力の跡が見えたら売り物にならない』は至言。構成がほんとよかった。ブラボー!(2021/10/19)

津原泰水ルピナス探偵団の当惑」,「ルピナス探偵団の憂愁」

2007 創元推理文庫/2012 創元推理文庫
ルピナス花言葉が出てきたところでもう好き、となってしまう。(「貪欲」と「空想」)ちょいちょいすっとぼけてて笑える。でもカーテン一枚めくったらでーんとグロテスクが横たわってる感じ。もはや名人芸の域。続編の始まり方でつくづく恐ろしい作家だと思った。めちゃくちゃな博覧強記ぶりと緩急のつけかたが天才的。作家読みの対象なので当然ではあるんだけど、改めて本当に好みの文章だ。不二子の性格の悪さと無茶苦茶な魅力、麻耶雄嵩メルカトル鮎に通じるところがある。(2021/10/20)

國分功一郎「中動態の世界 意志と責任の考古学」

2017 医学書
いろんな哲学の本かじってきたけど、結局アリストテレスなんだなって思う。そのアリストテレスの時代に〝意志〟の概念がなかったってところ、読んだ時目眩がした。世界がぐるっと回ったみたいな。ビリーの話でダンロンV3の第4章の裁判を思い出してしまった。思いもよらなかった角度から、じっくり思索する機会をポンと与えられて、ぐるぐる考えてしまう。明瞭な文章が快く、本棚入りさせたい本。「月と六ペンス」「ケーキの切れない非行少年たち」に続いて、今年パラダイムの転換を余儀なくさせられた本3巨頭入り。(2021/11/03)

山田風太郎甲賀忍法帖 山田風太郎忍法帖(1)」

1998 講談社文庫
しびれるカッコよさの甲賀者たち。文句なし。ほんっとに好き!風太郎文学の肌への合い方がもう大親友レベル。この人と同じ言語を扱う国に生まれて良かった。使われてる言葉がマジ大大大好き。(2021/11/06)

J.さいろー「SWEET SWEET SISTER」

2001 コアノベルズ
あまりに痛切で気になって一気読みした。不思議に爽やかな読後感で凄すぎて呆然。私は超好みなんだけど全く人に勧められない。自主的に眼球譚読むタイプならいけるか?時代が時代なら発禁モノだろうなあ。でもこれ凄い作品だよ実に。
インセストタブーの背徳が根底に流れる中、不安や支配欲、怒り、屈辱、渇求、といった心理描写が鋭く描かれる。そこにネガティヴなだけでない昂揚も感じさせる見事さ。他者にはしょせん、当人たちの幸福は測れない。旅館個室での場面、その前のエピソードも伏線にして相手と自分の境界がわからなくなるところ、まじで天才すぎるだろと思った。さいろーさんの本、概念としてのJUNEなんだよな。なんかそんな気はしてた。支配権がグラデーションみたくなってる。(2021/11/11)

アイザック・アシモフ/小尾芙佐訳「われはロボット」

1983 ハヤカワ文庫
かわいい。素直。知的。星新一が好きなのも頷ける、品がよくてスマートでちょっとひねりのあるユーモア、洗練されたオチ。読心能力があるロボットの話が好き。言葉が人の精神に与える影響までもさりげなく寓話的に諭している。随所に見える辛辣さが好み。ロボットが人間を出し抜こうとする話、こういう思考バトルサバイバルゲームみたいなのが好きなので否応なく昂った。(2021/11/29)

今日泊亜蘭「光の塔」

1975 ハヤカワ文庫
現代日本SFの初長篇とも言われる作品。侵略、サスペンス、アクション、人間ドラマ、あらゆる要素ごった煮SF。読むまでどんな話!?と思ってたけど、読んだ後ですらログラインをつけるのは難しい。それがこの作品の魅力なんだろう。ハイレベルな思考実験に圧倒される。緻密な物語展開、伏線回収も見事。描写のうまさが飛びぬけていて映像的である。解説で作者の人となりや時代背景がリアル感を伴ってわかるのもいい。めちゃくちゃ面白かった。(2021/12/07)

中島らも「今夜、すベてのバーで」

1994 講談社文庫
読んでる途中『自分』がいる、と何度も思った。叫びたくなるくらい刺さる。明晰夢のような文体。ラリってるのに明晰ってすごくない?理想だ。根底にずっと流れている絶望が痛切なのにウェットさがなく、透明で乾いている分、余計に胸に迫るものがある。読後は余韻が静かに体の中を駆け巡り続けていた。『創作の極意と掟』に名前が挙がっていたのがきっかけだが、この本に、中島らもに出会わせてくれた筒井康隆に本気で感謝したい。今年ベスト。(2021/12/08)

丸谷才一「持ち重りする薔薇の花」

2011 新潮社
これも筒井康隆経由。良書。おもろい大学教授の脱線しがちな授業聞いてるみたいな感じだった。ハハハ、あるあるだなあ。恐ろしく勉強になる蘊蓄の嵐。作者の人間観察の鋭さに舌を巻く。作家読みしたい人がまた増えた。(2021/12/13)

浅田次郎蒼穹の昴

2004 講談社文庫
びっくりするほど面白かった。端正でいい文章。宿命じみた展開といい、時々入るコミカルっぽさといい、新感線の舞台を彷彿とさせる。(2021/12/20)

野﨑まど「know」

2013 ハヤカワ文庫JA
超情報化社会を舞台にした近未来SF。ライトな読み口だが「知ること」を主題に据えたストーリーとして秀逸。同作者の作品を何作か読んだが、これが最も良さが出ている気がする。(2021/12/22)

 

 

 

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