2022年に触れて印象的だった作品リスト

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以下雑感など

 

椎名誠「アド・バード」

1990 集英社
誰もいなくなり荒廃した都市で、グラフィック広告だけが煌びやかに繰り返され続ける──出てくる時間としてはわずかだが、最早このイメージ一本だけでも成り立つだろうっていうくらい、ゾクっとくるほど好きな世界観。戦闘樹の熾烈きわまるバトル描写なんて最高。こういうのが見たくてSFを読んでるところある。そういうフェティッシュさが、この作品には随所に散りばめられている。全体的に品がありつつ、広告に対するリベンジ的精神の表出のしかたなんかは痛烈な皮肉を感じた。ファンタジックな余韻の残るラストが綺麗。自分的大ヒット。(2022/01/09)

村上龍「共生虫」

2000 講談社
村上龍はすごい。想像力の爆発という感じ。
敬して遠ざけるところがある私みたいな人間は後ずさりしたくなるほどの純文学。ずっしり残る読後感は、前半と後半がある意味別の作品のような、分裂症じみた構成ゆえか。文章の圧にエグ味がある、これぞって感じだ。(2022/01/10)

ドストエフスキー罪と罰

1987 新潮文庫)
尋常じゃなく肥大したパラノイア的精神。その深淵を覗いた印象が強烈に残る。世界観の構築力がとんでもなくて、そんなところから作者の偉大さの一端をひしひしと感じた。知性と感情の相剋を、片時も切れない緊張感の中でひたすら追い続ける感覚。(2022/01/15)

いとうせいこうノーライフキング

1991 新潮文庫
この人の迫力・凄味ってなんなんだ一体。簡潔に言い表せる人誰か教えてほしい。個人的には平井和正に近しいものを感じる。兎にも角にも、私はこのテのド迫力に弱いので参った。イタコみたいな書き方と後書にあった通り、憑りつかれているとしかいいようのない熱気に満ちた文体である。それが少年少女のコミカルかつ妄執じみた箱庭的世界とコワいくらいに合う。この中毒性、かなり好き。(2022/01/17)

筒井康隆「霊長類南へ」

1974 講談社文庫
ページを開いたら最後、怒涛のようなブラック・ジョークの雪崩が襲い掛かる。
あのヘリコプターに乗り込む前の阿鼻叫喚なんて、凄惨な状況にも関わらずほのぼのしちゃうくらいユーモラス。人間のことバカにしすぎだろって感じだけど、実際パニック状態の人間のバカさって想像を絶するからな。これで控えめなくらいかも。終盤、人々が融解していく、境目も解けてひとつのものにぐちゃぐちゃになっていく過程にぞっとすると同時に、「これが作者が書きたかったものか」と腑に落ちた。大友作品のパニックものと通じるものがある。
解説の小松左京による≪筒井康隆論≫も必見。筒井作品を面白いと感じる脳みそでよかったなと毎度思う。根っこの抑圧された部分が救われる感覚がある。(2022/01/25)

クリストファー・プリースト/安田 均訳「逆転世界」

1996 創元SF文庫
「えー!オモロ!!」といい意味で期待を裏切られた本作。
アンチミステリならぬアンチSF的雰囲気すら感じる。こうくるとは思わなかったな。センスオブワンダー部門今年イチかもしれない。認識を足場から揺さぶられる感覚、たまらない瞬間を味わえる。(2022/01/29)

山田詠美「風味絶佳」

2008 文春文庫
やっぱり山田詠美の文章が好き。音楽みたいなリズムがある。すぅーっと心の柔らかいところに入ってきて、ときめく。「放課後の音符」でも思ったけど、人と人とが触れ合うことによる化学反応、特に苦みをこれほど洗練された書き方をする人って、私は他に知らない。
後書の結び、ちょっと良すぎたな。じーんときたあとに遅れて鳥肌が立つ感じ。この読後感で自分にとって特別な作品になった。(2022/02/07)

津原泰水「ピカルディの薔薇」

2012 ちくま文庫 
好みど真ん中の作者の、好みど真ん中のシリーズだ。巧妙なストーリーテリングによって供される、甘露のごとき味わいの奇譚集。なかでも「枯れ蟷螂」の着地の仕方が凄い。なんて話を書くのだろうか、天才って恐ろしい。アイディアに惚れた点では「新東京異聞」も推したい。猿渡と伯爵の因縁にニヤリとなる。猿渡ファンアイテムとして必須の一冊。
この知的でシニカルな作風を好ましいと思う感覚は、少し前に読んだモームの「雨・赤毛」とも符号する。なんというか私は、酩酊しながら醒めていて、やっぱり酩酊しています。まあ、全部嘘なんですけど。的な作風が性癖らしい。好みがねじ曲がってる。けど、ま、これは津原泰水に出会ったせいだと思うわ、間違いなく。(2022/02/08)

山田風太郎八犬伝

1986 朝日文庫
おなじみの粋な文章と巧みな人物描写にうきうきしながら読み進めて、終盤『虚実冥合』からのラストにぶっ飛んだ。何なんだこの作家。読むたびにこれが最高傑作じゃん、となるの。こんなの、山田風太郎、レジェンドじゃん。本書の描写で馬琴がめちゃ好きになった。笑えて泣ける。すごい良かった。(2022/02/10)

アルフレッド・ベスター/中田 耕治訳「虎よ、虎よ!」

1978 ハヤカワ文庫
面白すぎ。燃えるし萌える。理屈とかどうでもいいよな、究極。面白いか面白くないかだよ小説って。ケンプシイへの拷問、うひ~~~っえ、SFー---!!!ってなっちゃった。これだよこれ。小松左京の『兇暴な口』を思い出す凄味。全てをなぎ倒していく圧倒的な激情に翻弄される爽快さを味わえる。これであとオリヴィアが男だったら最高に好みのやおい(やめな)。目の眩むような憤怒に感化されてアタマ痛くなりつつ、夢中で読破。今読めてよかった最高のロマン本。(2022/02/15)

花村萬月「皆月」

2000 講談社文庫
そうそう私、こういうのが読みたかった!って差し出されて初めて気づく感じ。ヒリつく痛みと切なる情味。もののあわれ。作者の人間としての厚みは底が知れない。私の中では山田詠美に近いカテゴリかも。たまたま目に入った「ブルース」の北方謙三の帯文が良すぎてそっちも気になってきた。こういう話を紡がずにいられないほどの情動を抱えた作家に出会うたびに、その僥倖を噛み締める。やられてんなあって自分でもびっくりするけど、すっかり惚れこんでる。この文章の圧に。でもまだこんなもんじゃないという予感がある、もっと読みたい作家。(2022/02/17)

斎藤美奈子文章読本さん江」

2002 筑摩書房
文章について巨視的な視点を与えてくれる。はー面白いなあ。お馴染みの毒舌の心地よさだけじゃない、綿密な調査に裏付けされた着眼点と論理の展開がさすがで唸る。最後に『レトリック感覚』がでてきたあたり、ですよね~って納得感がある。(2022/02/21)

中島らもガダラの豚

1996 集英社文庫
カルトと呪術とパニックホラーとギャグを煮詰めてここまでまとめあげる鬼才の手腕。死ぬほど笑った。この不条理演劇の滑稽さの権化みたいな雰囲気、愛してる。作品世界の構築力がバケモノ。尋常じゃない文体リズム感の良さが炸裂してる。これはガチで天性のものなのか、彼の生活を覆っていた酩酊が生んだものなのか、両方かな。ともかく凄まじい。ストーリーに関してはここまで振り切れるのって素直にいいなって思うし、ちょっと正気を疑う面白さだった。中島らもってこうだよな…。(2022/02/24)

津原泰水「猫ノ眼時計」

2012 筑摩書房
〝もう別格じゃん バカ面白かった。あーくやしい。面白すぎる〟
読んだ直後に書いたメモがこれだけだった。しょうもねえ。でも実際面白いから読んだ方がいい。現実と幻想の境目を容易に反復横跳びしつつ含み笑いして突き放す、そんなシリーズであり、「最高、やっぱこれなんだよ」と倒錯した楽しみを見出せるかどうかは読み手次第。(2022/03/05)

神林長平戦闘妖精・雪風(改)」

2002 ハヤカワ文庫JA
作者の思う≪カッコいい≫がこれでもかと詰めこまれていて、それがまた一つ一つこちら側にちゃんと響く快感がある。無機的な戦闘描写と地上での人間くさいパートの構成の妙が光る。程よいハードボイルド風味がニクい!面白かった。久々に血沸き肉躍った良作SF。(2022/04/13)

津原泰水「少年トレチア」

2020/ハヤカワ文庫JA
何かがすっきり解決するというものではなく、ひたすら幻想美と残酷さとイメージの奔流に揺さぶられ続ける作品。私含めこういうのが好きなヒトにはたまらんものがある。万華鏡のごとき、血で描写しているかのような神経症の世界。
あと分かってはいても、改めてレトリックの鮮やかさにぶっ飛んだ。序盤、トレチアに襲撃される青年の場面だけでとんでもない巧妙さ。別場面で挿入される悪文すらもクオリティ高いのがすごすぎて笑える。でも、やはり同作者の描く悪魔的な美少年は極上であるという感想で〆る。(2022/04/17)

THE ALFEE「デビュー40周年 スペシャルコンサート at 日本武道館

2015 ユニバーサルミュージック合同会社
突然THE ALFEEにハマった。備忘録として書いておこうと思う。好きになった理由その一、歌声の力強い美しさ。私が特に好きなのが桜井さん、ボーカルに必要なもの全て備えていて、自分がボーカリストなら羨ましすぎて地団太踏むと思う。名曲を名曲たらしめる声とはこういうもの。艶があって清潔感があふれていて、すっごい伸びる。これから色んな曲聴くのが楽しみ。好きになった理由その二、幅広い楽曲の核をなすフォークやプログレ要素、カバー曲が自分にとって身近に感じられたため。ひょんなことからハマったとはいえ、遅かれ早かれ好きになっていたとさえ感じてしまう。カバー曲の『The Boxer』に象徴される、メンバー全員の余裕を感じる円熟したパフォーマンスが超絶心地いい。理由その三、人柄の良さ。アーティストにこれ言うの眉唾なのは重々わかっているけれど、こんだけ長くやってるのに仲いいんだもの。さすがにマジでしょあれは。互いへのリスペクトが根底にありつつ干渉しすぎない、理想の関係性。これが嘘なら演技力が凄すぎてむしろ尊敬しちゃう。(2022/05)

牧野修「傀儡后」

2005 ハヤカワ文庫JA
ナンセンスの極致を、ド迫力で芸術として成立させてしまうところにこの人の神髄がある。なんかもう理屈じゃなく、単純に牧野修の書くものが好きだ。
作中での言及からルイス・キャロルとの親和性も感じさせる情報量の多さ、そしてモチーフ選びが天才的。スタイリッシュで無機質な感じがしたかと思えば、それらを凌駕するほどのロマンチシズムが顔を出す。もっと評価されてほしい気もするし、大事に自分の中にしまっておきたい気もする。私の中で間違いないと思える作家。(2022/05/30)

田中芳樹蘭陵王

2012 文春文庫
華麗な筆致とはこのことで、読んでいてずーっと楽しい。血なまぐさい戦国絵巻をここまでスマートに読ませるのはさすが。
それにしても、これほどの人でも「読むほうが好き」という(後書きより)、小説界の青天井ぶりに震撼せざるを得ない。(2022/05/31)

信濃川日出雄山と食欲と私

2016~ 新潮社
しみしみのかき揚げライスバーガー、大葉みその焦がし焼きおにぎり、炙りサーモン丼、ぽんかす丼、皮パリチキン添えのジャンバラヤ、枚挙にいとまがないほどの魅力的な山ごはんの数々。袋ラーメンにウィンナーぶち込むだけのジャンク飯なんかも食欲を直撃してくる。心身ともにクッタクタになって山頂で淹れて飲むコーヒーなんて、想像だけでうまい。作品自体の空気感と人間模様もまた魅力的。是非ともゆるく続いてほしい山岳漫画。(2022/07/02)

人狼ゲーム」

2013~ AMGエンタテインメント
すーっごい掘り出し物だった。この映画シリーズ、欠点も押しなべて長所にしてしまう魅力がある。シリーズ序盤は特に役者のハングリー精神を強烈に感じられて、うっかり全員に惚れる。画的に異様な良さを感じる場面がいくつかあるが、特に「インフェルノ」はその名を冠するにふさわしいラスト。めちゃくちゃに良い。全作見た中で一押しは「ビーストモード」。素晴らしい演技。新作が楽しみな作品ができるって嬉しいものだな。(2022/08/02)

レイ・ブラッドベリ/小笠原 豊樹訳「とうに夜半を過ぎて」

2011 河出文庫
「なんとか日曜を過ごす」が同作者のマイベストに躍り出た。無常観的な哀愁の中に、魂が震えるテーマが内包されている。世界から受け取るもの、世界へ返したい気持ち。精神と生命の循環。ラルクの永遠で心臓掴まれた時と同じ。この話はこの先何度も読み返すと思う。(2022/08/12)

筒井康隆「笑犬棲よりの眺望」

1996 新潮文庫
しみじみ良かった。文字から浮き上がる研ぎ澄まされた毒、そして未来を見通す視線の確かさ。こういうのが後世に残る。というか残ってほしい。今、私たちがショウペンハウエルを読むように。作者の断筆に至るまでの経緯を心情もつぶさに追える書物として、この上なく価値のある一冊。これだけ露悪表現を振りまいてさえも、核たる主張の真摯さと切実さは価値を失わない。しかしまあ、刊行時から全然進歩の見えない現実に暗ーい気分にもなる。いやだな。人間の限界を感じてしまう。(2022/08/17)

深見真ヤングガン・カルナバル

2005~09 徳間書店
傑作だった。なんたって一番好きかもしれない、こういうのが。凄腕の殺し屋の正体は高校生、というブッ飛び具合。とてもキャッチーだし漫画的だ。しかし、ペダンチックな銃器知識の開陳や、乾いた筆致でこれでもかと繰り出されるバイオレンス描写こそがこの小説の醍醐味であり、それが11巻分余すことなく味わえる。贅沢すぎる。そして物語の肝となるのは、ヤングガン=若き殺し屋たちの群像劇。男女間のみならず、男男、女女の超濃密な因縁をも当然のごとく人間模様に入れ込まれている上、どこを向いても躍動感に満ちている。サイコーにブチかましてくれるよ深見真。カルナバルの開幕後、一人一人の背景について淡々と回想に入っていくところ、甲賀忍法帖ばりに興奮した。じんわり残る疾走感、無常さといい、かなり好きな読後感。最っ高。(2022/09/05)

PSYCHO-PASS

2012〜 Production I.G
YGCロスがあまりに激しく、ガンアクションもので深見真が関わっているなら間違いないと思って観始めた。これまた抜群に面白かった。
人々の精神が数値化され、管理される近未来社会のディストピアSFアニメ。だが、この作品においては、それらを生み出した管理システム自体よりも、生身の人間──刑事と犯罪者──間の精神的な闘いが肝となっている。ここが面白い。群像劇に必須の人物造形の丁寧さ、知的な素養の深さにとても深見真を感じて良かった。
それにしても、映画ブレードランナーを彷彿とさせる霧雨とネオンの街、そして特殊銃「ドミネーター」をはじめとしたサイバー要素がたまんなくロマンをそそる。それら舞台装置を映し出す彩度の低い映像と、骨太なシナリオのハードでシリアスな展開こそが、PSYCHO-PASSを構成する大きな魅力の一つでもある。(2022/10)

 

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